Center for the Studies of Higher Education, Nagoya University

 

北朝鮮の政治的欠陥は何か

 

日下部恵美 中村里沙 田中理絵

はじめに

 私たちのテーマである「民族」、それを聞いたとき私たちは「民族対立」を思い浮かべた。ユーゴスラビアでのコソボ紛争、イスラエル・パレスチナ問題など世界中で民族対立が原因である問題が起こっている。しかし、同じ民族でありながらも戦争をし、南北に分断された朝鮮半島という地域がある。昨年、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日総書記と韓国の金大中大統領の会談が行われ、世界的に注目を浴びた。南北統一へ向けて大きな一歩だと報道された。日本は、この朝鮮半島の隣に位置し、朝鮮半島を侵略した歴史を持つ。韓国とは観光客が多く行き来したり、2002年のサッカーワールドカップを共同開催したりするなど、友好関係を築いているように思える。北朝鮮ともこれから交流が進んでくるのを期待する。しかし、われわれ日本人は北朝鮮のことをほとんど知らない。聞こえてくるのはテポドン発射、日本人拉致疑惑などあまりよくないニュースである。日本と北朝鮮との位置関係、歴史から日本はこれから北朝鮮と深くかかわっていかねばならないだろう。それにはまず相手の国を知ることが大切だと考え、私たちは北朝鮮の人々の生活を調べ発表することにした。そのときに分かったことは、北朝鮮の国内にはさまざまな問題が絡み合っているというまだ漠然としたことだった。そこで、今回は国民の日常生活に深く関わっている経済・政治・食糧の3つの側面から主に文献を使って調べ、各方面からのマクロな視点から北朝鮮に対する疑問や問題点は何かを考え、それに対して北朝鮮はどのように取り組んでいったらよいのかをまとめてみた。

1.政治

  まず頭に入れておいてほしいこととして、北朝鮮は言うまでもなく社会主義・共産主義の体制を強固に維持する国だということだ。それに、「親に対する孝と、国家に対する忠」を重要視する儒教思想が根付いている国でもある。儒教思想が権力を賛美し、従うことを美徳とする発想を根付かせた。この2つがあわさった「儒教社会主義」が北朝鮮という国を形成し、なかなか崩壊に至らせない最大の要素となる。そして、北朝鮮の病の出発点と言え、最大の問題ともいえるのが、金日成・正日独裁体制である。その独裁体制をささえる発想として「主体思想」というものがある。この独裁体制と主体思想こそが後で述べる経済・食糧問題でも大きく関わってくることになる。実際に政治体制と主体思想について以下で考えてみよう。

・政治体制

 北朝鮮の憲法では第11条で、「朝鮮労働党の領導の下にすべての活動を行う」としている。これにより政府機関は労働党の下部機関として扱われることになる。この、政府よりも党のほうが権限が大きいというのは日本では理解しにくいだろう。党が外交の場でも前面に出るため、日朝交渉がしばしば混乱することになるのである。

 そして労働党が政府・国家機関を領導するならば、労働党は誰が指導するのか。ここでキーワードとなる「主体思想」がでてくる。労働党規約は前文で「主体思想を唯一の指導方針とする」と規定している。党が主体思想に従うということは具体的には主体思想の解釈者が指導することになる。「首領」がその権限をもち、金日成・金正日親子がこの「首領」となるわけだ。金正日が主体思想そのものである限り、党と政府を指導できることになるのだ。これが金正日独裁体制を支える根拠になっているのだと思う。「主体思想」については後で説明したい。

・権力体系

 以下に権力体系図の一部を示した。故金日成主席は永久主席となったので金正日総書記が最高権力者ということになる。


・主体思想

 主体思想とは、金日成が創始した思想だ。「首領」のもとにすべての国民が一丸となって働き、「首領」のみに国民は従わなければならない。この「首領」とは日本の天皇がさらに権力を持ったようなものと考えればわかりやすいだろう。この「首領」は金日成と後継者の金正日にしか使われない。

 主体思想以外にはどんな思想も認めない唯一思想体系、「首領」の指導のみに従う唯一領導体系、そして「社会政治的生命体論」は主体思想の柱となる。「社会政治的生命体論」とは、党・首領と個人との関係を儒教的な親子関係にたとえて説明し、党への忠誠を誓わせるもので主体思想のなかでも重要視されている。

 最初に述べたように北朝鮮には儒教思想が根付いている。この儒教的発想を取り入れて主体思想を完成させ、金日成は朝鮮人を支配する体制を確立した。そして後継者の金正日への忠誠も誓わせたのである。

 今まで述べてきたように主体思想は政治の面では民衆を統治することに成功した。日本人が主体思想を聞くと奇妙に感じるだろうが、私たちがよい悪いともいえないし外の人間が国内の政治に口出しすることもできない。権力の世襲というのも本人の資質は問われずに問題があるように思われるが、儒教の考えでは自然なことなのかもしれない。しかし、やり方はともかく政治では成功した主体思想が問題を生み出していることも事実だ。経済の面では混乱を生み出しているのである。

2.経済

  人々の生活を調査するに当たって、この国の政治体制や食糧事情を調べていくうちに、私達はこの国を崩壊の危機から救うには経済再建しかないというところに行き着いた。前回、民族問題について調査したときも戦争の起こる背景には必ずといってよいほど国どうし、または地域間の経済格差が見られた。一国の経済成長が停滞して国民の生活が乏しくなると、政治指導者が住民の不満をあおり、その国は独裁体制に走りやすくなる。経済政策は国の将来を大きく左右する。こういった理由から、北朝鮮経済の崩壊の要因について調べてみた。

 まず、北朝鮮の現在の経済力がどれほどのものか明らかにする必要がある。国内総生産(GNP)推計では220億ドル(およそ2兆5000億円)とされているが、北朝鮮政府はほとんど正確な数字を公表しないため、この数字はあくまでも推計である。日本のGNPがおよそ500兆円であることを考えると、単純計算してみても、一人当たりGNPは、北朝鮮は日本の30分の1以下である。いくら日本が豊かだとはいえ、人口およそ2000万人の北朝鮮のこのような経済数値を考慮すると、餓死する人々の映像を見ても納得してしまうほど低い経済水準ではないだろうか。

 さらにここで注目しておきたいのは、1970年までは北朝鮮経済が韓国の経済を上回っていたという事実である。ではなぜそれ以降北朝鮮は経済難に陥ったのか。どのような原因によるものであったのか。

 まず一つ目の理由として、過度の軍事投資が挙げられる。北朝鮮政府の発表によると、1967年からは国家予算の30パーセントが軍事費だとしているが、事実は明らかではない。

 二つ目の原因は、「価値の法則」が成り立たない経済である。市場経済のもとでは価格は需要と供給によって決まる。人々がほしいと思うものが生産され、ほしいと思う分が供給されようとする。ところが社会主義経済のもとでは、物の価値が需要と供給の関係によって決まらず、中央の指示によって供給量が定められるため、逆に無駄が生じる。価値の法則の欠如は社会主義経済体制の深刻な欠陥のひとつであり、旧ソ連をはじめとして、社会主義経済体制をとっていた東欧諸国は80年代以降、次々と崩壊していった。中国なども一部自由主義経済を取り入れた。そのような国際社会の変化の中でも、北朝鮮は独裁体制を維持するために断固として独自の道を貫いた。

 さらに、中ソ関係の冷却化により、ソ連からの経済援助がストップしたり、金日成体制のもとで、産業が全面的に国有化されたり、軍需産業優先策が図られたりと、個人の消費財の生産が不足し人々の生活はますます悪化していった。

 こうしてみていくと北朝鮮の経済難の根本的な原因は、金日成主席が提唱した主体思想に基づく「主体経済」にあるということが分かる。「周辺大国に従属せず独立と主体性を維持すること」が主体思想の柱である。これを経済という点で考える場合、極端に言ってしまえば、この国は自給自足を目指しているということになる。が、現代の国際社会で対外貿易に頼らず、鎖国体制を維持していくことはどのような国でも不可能であろう。

 では、この深刻な経済難を乗り切るためには、北朝鮮は今後どうしていくべきか。

 最大の課題は、今までの鎖国体制をやめ、国際社会の仲間入りを果たし、改革・開放政策をとるということである。前述したように、このことは同時に金日成主席と主体思想を否定することになる。北朝鮮では改革と開放という言葉がなお禁止用語であり、政治体制を変えていくには相当の時間が必要であろう。

 では具体的にどのような政策をとればよいか。現在、北朝鮮は黄海側で発見された油田の開発に期待をかけているが、それがもし成功したとしても全面的に経済難が解消されるわけではない。経済発展のためには輸出産業を興していくべきである。エネルギー資源も食糧も不足するこの国では、日本のように原料を輸入して製品を輸出する加工貿易を振興していくとよいだろう。そのためには、国を開放し、優秀なエコノミストを海外から招いたり、留学生を日本や欧米諸国に派遣したりすべきである。このまま金正日体制を維持して、政治に優秀な人々を登用していかなければ、いずれこの国は崩壊してしまうだろう。

 また、韓国や日本の企業が積極的に北朝鮮に進出していくべきだ。そのためにも、北朝鮮は外国企業を受け入れやすい体制を築かねばならない。

 こうして考えてみると、現在の北朝鮮の政治体制は太平洋戦争当時の日本とあまりに同じではないだろうか。島国で資源に乏しく、欧米に遅れを感じた日本はアジア諸国を次々に侵略し、天皇崇拝を掲げる軍部が日本国民を統制・支配してきた。そして、ついには原爆投下という最悪な事態を迎えて日本は敗北した。しかし、アメリカを中心とする連合軍の助けによって日本経済は奇跡的に復興し、驚異的な経済成長を遂げた。今同じように、北朝鮮には主体思想を掲げる金正日体制がある。一つ断っておくと、私達は主体思想を完全に否定するわけではない。主体思想は朝鮮半島で古来信仰されてきた儒教の教えに深く基づいており、当然主体思想も国民に敬われている。ただ、日本と同じように戦争という手段をとってこの国が崩壊しないことを私たちは願う。日本が連合軍の力を借りて国を再建できたように、北朝鮮も国を開放し、国際社会の力を借りれば国は復興するだろう。

 

         北朝鮮のGNP成長率の推移(韓国銀行資料)   単位:%

1992年

93年

94年

95年

96年

−7.6

−4.3

−1.7

−4.5

−3.7

 

3.食糧

・問題点とその概要

  北朝鮮が抱えている問題のひとつとして、漠然と食糧問題が頭に浮かぶだろう。特に農業生産の低下と食糧難である。北朝鮮では、1995年夏に歴史的大洪水に見舞われている。多くの田畑が流され、備蓄食料も大打撃を受けたとのことである。北朝鮮政府によると35万6936ヘクタールの耕地が破壊されたらしい。しかも、96年にも、2年連続で大洪水に見舞われている。北朝鮮政府は、国内の餓死者を1997年には10万人にも上ると発表した。しかし、北朝鮮の食糧事情は、はたしてこの大洪水だけが問題なのだろうか。

  政府が打ち出している農業政策は、金日成の「主体思想」(主体思想とは、周辺大国に従属せず独立と主体性を維持し、「首領」と呼ばれる指導者に、徹底して忠誠を尽くし従うことだ。)に基づき、それを応用したものである。主体農法、と呼ばれる。実は、この主体農法が大水害だけではなく北朝鮮の農業生産の低下と食糧難を引き起こしている原因の一つなのだ。

・主体農法とは??

 原則として、金日成が決めたことに忠実にしたがって行われる農法である。これは、現在でもきちんと守られている。北朝鮮では、主食の農作物として、米ととうもろこししか栽培されていない。実際には作物を増やそうと思えば、冬場の畑を利用して麦などの作物を栽培することが可能であるにもかかわらず、行われていなかったのだ。国際食糧農業機関(FAO)やアメリカ政府の関係者によって、この冬場の麦栽培が提言されたのだが、始めは金日成が指示していない作物を植えていいのかという反論が出て、実現されたのはごく最近のことだ。北朝鮮のこれまで継続されてきた政策を変更するには、金正日の許可と、失敗したときに責任をとる覚悟が必要なのだ。主体農法のここでいう主体、とは、農民自身ではなくて、中央政府の決定と指示に従う、ということなのだ。金日成は、食糧の自給自足を目指し、農業政策を行っていた。それが今現在でも続いているのだ。

 では、具体的にどれくらいの食料が不足しているのか。主食の米で比べてみる。人口1億2000万人の日本の米生産量は1300万トン、人口4500万人の韓国では700万トン、人口2200万人の北朝鮮では約100万トンだ。日本と韓国の米生産量から考えてみると、北朝鮮には少なくとも300万トンの米の生産が必要になってくる。次のページの表によると、1996年の穀物生産量はおよそ300万トンと推計されている、しかし、これをすべて食用にまわすと、工業用、飼料用、さらにはたねもみがなくなってしまうのだ。これでは、とても北朝鮮人口すべてをまかなえない。さらに、北朝鮮発表の穀物生産量は、何割か水増しして発表していることが米専門家、米国務省による推計からも分かる。つまり大変な食糧不足なのだ。

 多くの疑問が生じてくる。なぜ、ここまで深刻な食糧難を抱えるはめになったのか?なぜ、生産量が伸び悩んでいるのに主体農法が続けられているのか?など。

 これらには共通して、金日成時代から続く北朝鮮の政治体制がからんでいる。

 北朝鮮でこれまでの政策を変更することは大変難しい。なにせ、主体思想の社会だ。何事にも、金日成が一番。金日成が生前に言った言葉が今でも忠実に守られようとしているのだ。超保守体制の社会。これが今北朝鮮が抱えている食糧難の一番の原因なのではないか、と思う。食糧難が起こってから、中央政府がそれに対応するのに時間がかかりすぎている。

 結果、自給自足の考えからは離れてしまったが、他国からの食糧支援が必要になってしまったのだ。

北朝鮮の農業生産量推計(米国務省資料、単位:万トン)
北朝鮮発表 米専門家 米国務省 韓国統一院
1974 700 579 521.1  
1975 770 636 572.4  
1976 800 661 594.9  
1977 850 702 631.8  
1978 資料なし      
1979 900 744 669.6  
1980 900 744 669.6  
1981 資料なし      
1982 950 785 706.5  
1983 資料なし      
1984 1000 826 743.4  
1985〜88 資料なし      
1989 610   549  
1990 資料なし      
1991 600     442.7
1992       426.8
1993 564   507.6 388.4
1994     412.5 412.5
1995 344   345 440
1996 250 420 320 369

 

 国内で自給自足をするなんて、日本で考えても分かるように不可能に近いことだ。北朝鮮にもこれは当てはまる。今の段階で、北朝鮮への食糧支援はむこう数年間毎年最低でも150万トン必要であるとされる。北朝鮮は、この食糧支援を行ってくれれば韓国、北朝鮮、アメリカ合衆国、中国の4ヶ国で行う4者会談に応じるという。今度は政治的駆け引きの世界になる。北朝鮮の食糧難は、政治的な側面から少しずつ改善していくことが出来るのではないだろうか。

4.まとめ

 政治・経済・食糧の3点から見てきたが、これら3点に共通していえることは、すべて金正日独裁体制から問題は発生するということだ。「主体思想」のもとに金正日が決定したことに従い農業が行われ、経済政策もとられる。資本主義・民主主義が浸透している日本では、北朝鮮の体制は奇妙に思われるだろう。「主体思想」を私達が完全に否定はしないと前述したが、金正日総書記が「主体思想」という独裁体制を支持するような思想を巧みに利用して独裁体制を行っているのも事実である。そして、この独裁体制が北朝鮮の人を食糧難にし、生活を困窮させている。この体制に欠陥があることは明らかなので、まずはこの体制を変えていかなければならないだろう。では、この政治体制を変えていくにはどのような手段が有効であろうか。改善するための1つの方法として、まずは北朝鮮と韓国との南北統一を果たすことである。現在はオリンピックで一緒に入場行進を行うなど、南北統一への動きが少しずつではあるが進んでいる。しかし、まだまだ南北統一は先の話である。統一までは行かなくとも、相互協力によって問題が小さくなっていくかもしれない。たとえば、韓国からの援助によって食糧が効率よく分配されたり、韓国の近年発展しつつある高い技術を輸入したりするなど。南北統一が実現すれば、北朝鮮はさまざまな利益が得られるのだ。日本もそのために、北朝鮮へ技術的にも経済的にもいろいろな面からの出来る限りの援助や協力を行っていくべきである。結局、北朝鮮を崩壊から救うために必要なことはもっと国を開放して、韓国・日本をはじめとする国際社会からの経済および食糧の援助や進んだ技術を積極的に受け入れることである。これを結論としたい。

参考文献

  重村智計著『北朝鮮データブック』講談社現代新書、1997年
  渡辺利夫編著『北朝鮮の現状を読む』ジェトロ、1997年
  チャン・キホン『北朝鮮普通の人々』イーストプレス、1995年


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