Center for the Studies of Higher Education, Nagoya University

 

これでいいのかODA大国日本

伊藤勇司
古川暁子
細野優子

1.はじめに

 日本のODAは、1989年にその供与額が世界一となった。しかしそれに伴って、日本のODAが様々な面で批判を受けているということも事実である。

 その批判のうちの一つに、「日本の援助は見返りを期待した、利益追求型援助だ」というものがある。これは後に詳しく述べる「タイド援助」という言葉が象徴するように、日本の企業・日本の経済の発展を、開発途上国の発展よりも優先させているというものである。

 現在かなりの割合で改善されてきているとは言え、援助の目的から逸脱したプロジェクトが存在している現実を見過ごしてはならない。92年に閣議決定された「政府開発援助大綱」には「開発途上国の安定と発展が不可欠」「自助努力を支援することを基本とする」と明確に記されているのである。

 また、環境配慮についての批判も多い。日本の開発援助が、結果的に援助先の国々の環境破壊を引き起こしているというのである。これについての対策は、文献を見ても「環境関連ODAを増額する」といったことは多く書かれているが、どういったところにどれだけ資金が充てられるのかはあまり表に出てこない。

 この二つの問題に共通することは、「誰のための援助か」ということが軽視されていたということである。これまでの日本の援助には、どこか「先進国の水準に近づけるために援助を『施さ』なければならない、そのためには環境に負担をかける可能性があっても『開発』を進めるしかない」といった、援助される側の視点を無視した傲慢なところがあったのではないだろうか。これでは開発途上国の人々の価値観を全面的に否定することになってしまう。これから示すように、人々の価値観を尊重しつつ、環境に配慮をしつつ、なおかつ経済的に余裕のあるような万能の「援助」を行うのはとても難しいことである。しかし、そのために日本がベストを尽くすことはできるはずである。

 「政府開発援助大綱」が制定され、援助の理念としては一応の形となった。これは一応評価すべき事柄ではある。しかしこれも、実際に援助受け入れ側のニーズに合った、効果的な援助がなされなければ意味がない。今は理念の制定から、実際的な援助の浸透への途上にあると言える。

 このレポートでは、先に述べた「タイド援助」「環境への配慮」「ODA大綱」についての批判点・改善点を詳しく述べる。そして、「理念」から「実践」へつながる部分、これからさらにどのように改善していけばよいかについての結論を、文献を元にしながら導き出したい。

2.各問題について

 i)タイド援助

 日本のODA批判の一つに、「日本の援助は利益追求型の援助だ」というものがある。その「利益」とは、政治的側面であったり、経済的側面であったりする。その中でも特に問題とされていることとして、「タイド援助」が挙げられる。「タイド援助」とは援助に必要とされる資材、役務の調達先を援助する側の国と援助される側の国に限定してしまうことである。このような場合、ほとんどの部分を日本企業が請け負うようになるため、「日本の援助は商業主義で開発途上国の発展という目的から逸脱した自己中心的なものになっているのではないか」という批判の声がある。しかしこれはある側面から一方的に見た批判であるのではないか。ここではあえてその批判に同調するのではなく、その事実がなぜ生じているのか、そして現在それらをふまえて改善しつつあることを考えていきたい。

 まずODAの歴史的歩みから見てみることにする。すると、「タイド援助」に対する見方、考え方が少し変わってくる。実際、70年代までの日本のODAは、見返りを期待した援助政策がほとんどで、自国の利益を優先的に考慮した上での援助であった。これは戦後日本の歩みを考えれば納得のいく事実かもしれない。というのも、日本のODAの始まりは「第二次世界大戦当時におけるアジア諸国に対する損害賠償」というかたちであった。このことからもわかるように、"日本が豊かで余裕があるから自国の利害関係を顧みず、開発途上国へ援助してあげよう"というような状況では決してなかった。世界銀行からの借金を返済し終えたのが1990年のことであり、つまり日本は90年まで被援助国であったのだから。そのため、大きな負担を背負い、戦後の復興に必死であった日本は、自国の経済復興との絡みから、ODAの実施を企画したのである。よって、戦後ODAの目的の推移を追ってみると非常に興味深い実態が見えてくる。1960年代において日本は経済協力を通じて輸出の促進や海外投資による国内産業の振興を図った。ODAの目的は、あくまで「商業による利益の追求」であった。そして1970年代といえば石油危機という大きな転換点があった。そこで石油危機後の経済援助となれば、必然的に石油などの資源確保の手段として利用されることになる。ODAの目的は「経済的相互依存関係の強化」へと変容していく。1980年代といえば冷戦構造の時代である。それ故に政治的、また安全保障的な側面を一層重視せざるを得ない状況下となり、ODAもそれ相応の色彩を帯びていく。このようにして見ていくと、各々の時代における国際情勢の変化や、国際社会の中での日本のポジションなどによって、ODAが様々な目的にかたちを変えて実施されてきたことがわかる。どこか「援助」というにはあまりに不純すぎる動機、目的だ。しかし戦後の壊滅状態の日本がここまでのぼりつめてくるためには必要な、ODAを通じた「国家戦略」であったと言えるのかもしれない。

 そして現在、経済大国としての日本の援助はどうなっているのだろうか。多くの資料によれば、80年代後半から「タイド援助」の割合は急激に縮小し、先進国最低水準にまで下がっている。今や日本の円借款の96.9%が「アンタイド援助」(すなわちタイドとは逆で、援助に必要とされる資材、役務の調達先を限定しないこと)というオープンな援助形態である。無償援助を含めた全体で見ても82.9%が既に「ひもなし」援助化されている。日本企業の受注率にしてもここ5〜6年の間に約70%から30%にまで低下し、現在の不況にあえぐ日本企業からすれば、再びタイド化を求めているという一面があるほどだ。今、日本のODAは確実に「アンタイド化」へと向かっている。これは努めて改善の方向へ向かっていると言えるのではないだろうか。

 また、もう一つの「タイド援助」に対する見解としては次のようなものがある。「ODAは国民のポケットマネーから構成されているのだから、全く自国へ見返りがないのはおかしい。国益のために供与するのは当然といえば当然だ」というものだ。この見解もまた一理ある。しかしその「国益」の内容が重要である。かつて日本がそうであったように日本企業の「短期的利益」を求めているのではいけない。あくまで「援助」という協力なのであるから、あまりに日本企業にとっての"目先の利益"を追求しすぎて、援助受け入れ国側にとって意味をなさない援助となってしまったら、援助の目的がは本末転倒なのではないか。もっと長期的なプランで「国益」を得ることを考えれば、開発途上国側にも援助する日本側にも利益供与ができる。それは、自由な世界経済体制を維持することで実現できる。そのような体制を維持するには発展途上国の持続的成長の確保が必要であり、それが日本のODAが支援することでそれらの国々が安定すれば長期的に見て日本国民の利益にもつながる。具体的に例を出せば、東南アジア諸国の経済開発が促進され、その地域の政治的・経済的安定性が増せば、東南アジア諸国の輸入が伸び、保護主義的な動きを抑えられる。世界貿易において日本も間接的に大きな利益を得られる。あるいは中東和平が石油価格の安定をもたらすなら、それも日本にとって望ましいことである。このように長期的視野をもって考えることで、援助する側、援助される側双方に利益をもたらす。援助する側である日本はあまりに直接的な利益を追い求めてはいけない。

 その他、「タイド援助」に関する批判として"民と官の癒着"、つまりコンサルタント会社が退官役人の天下り先となっていること、その人脈を通じて関係省庁から仕事を回してもらったり、プロジェクト資金を獲得しているというものや、企業間競争回避のための談合を行なっている疑いもある。そのような密室的で陰になっている不正な部分に対し、情報公開を進め、私たち国民がもっとODAに関心を持ち、その実施状況を監視していくことで、腐敗的構造をなくしていかなければならない。

 このように日本のODA批判の一つに挙げられる「タイド援助」をいくつかの側面から考察してきた。そして今、経済大国であり、先進国となった日本はこれから世界においてどんな役割を果たしていくべきなのか。「タイド援助」に関して今後の課題をまとめると、やはり「アンタイド化」の基本方針を維持していくべきである。調達先を限定しないということは、世界中から良質、安価な資機材を調達することが可能であり、効率の良い援助として、被援助国側により大きな恩恵をもたらすことができる。そしてその一方で不況の中の民間企業に対しても目を向け、日本企業の持つ技術を適切に生かした現地に根づく技術援助も、質の高い途上国支援に必要不可欠である。何より優先されるべきものはあくまで途上国の支援とその発展であることを念頭に置きつつ、この二面性をうまく折り合わせて世界の平和と安全に向けた貢献をすることこそ、日本の援助の目標とすべきことなのである。

A)環境への影響

 円借款つまり開発途上国に貸し付けられた資金は、その相当な部分が発電所、道路、港湾、空港といった大規模経済開発プロジェクトに向けられる。これらはすべて悪いもの、といったわけではなく、成功しているものももちろん存在する。日本のODAの基本理念の一つが「地球規模での持続可能な開発」にあるように、その力点が開発を通して途上国の経済発展を促し、ひいては貧困の撲滅を目指すことにあるのは確かであろう。

 しかしここでよく問題とされるのは、これらのプロジェクトの実施にあたって、社会的・自然的な面での環境への悪影響を可能な限り少なくするための配慮がどの程度まで払われているかである。これは単に、援助受け入れ国側だけの問題ではない。環境破壊を誘発するようなプロジェクトへの援助要請に対してどのように対応するかが、援助を行う側の国に問われているのである。

 まず社会的環境への影響に触れることにする。最も大きな問題は「開発難民」の発生である。これはダム、灌漑、農園、道路などといった大規模経済開発計画のために、住みなれた故郷から立ち退きを強いられた人々のことである。

 例えば、ブラジルで行われている「大カラジャス計画」の例を引用しよう。これは、カラジャス鉄鋼山の開発を中核として、鉄鉱石搬出のための鉄道の建設、水力発電のほか多数の開発を企図するものである。この計画はJICA(国際協力事業団)が作成したものであり、日本の融資によるものであるのだが、これのインディオ社会への影響は計り知れない。後に述べる、自然林の消滅や河川汚染などの自然環境への悪影響もさることながら、インディオ社会では多数の部族が存亡の危機に直面しているのである。ある部族は居住区内にハイウェイとカラジャス鉄道、さらに送電線が縦横に走っており、部族社会全体が引き裂かれてしまっている。鉄道を使って押し寄せた入植者とインディオとの間には対立まで発生している。またインドのカルマダ川では大規模ダム計画によって、100万人以上の人々が強制移住を余儀なくされている。少数民族の生活基盤と伝統文化を破壊してしまう恐れが強い上に、移住先や再雇用の問題を抱えさせられてしまうのである。

 次に自然環境への影響に触れる。大規模開発計画によって最も影響を受けるのは、開発途上国の熱帯林である。先に述べた「大カラジャス計画」では、何100万ヘクタールもの熱帯林が今日、破壊の危機にさらされている。カラジャス鉱山開発はそれ自体は総合開発計画の一環を成すに過ぎない。しかし、それに伴った鉄道、港湾の建設、農場の造成などの一連のプロジェクトが大きな影響を及ぼすのである。農地開発、または輸出用に熱帯林が次々と焼かれ、伐採されて、木材の主要輸出国が輸入国に転落するという事態も起こっている。植林事業も行われてはいるが、現地住民には少しの利潤しかもたらさない(果実ができる樹種ではなく、製紙用のチップにしかならない)というのが現状である。

 また、ダム建設によって、広大な農地のほかに森林と野生生物もまた、水底に沈んでしまうという問題がある。この問題を、「開発」「進歩」のためには必然的なものであると切り捨てることができるだろうか。住みなれた家や農地を失った住民や生息地を失った野生生物のことを考えれば、ダム建設がいったい誰のためのものであるのか、といったことを考え直す必要がある。

 また日本が引き起こしている公害輸出についても言及する。近年、日本の公害問題は相当に緩和されたということがいわれる。これは、一部には公害規制が強化されたためでもあるが、実際には公害企業が海外に移転したことに大きくよっている。こうした海外移転の実例には枚挙に暇がないが、川崎製鉄が、千葉の住民の反公害運動の高まりを受けて、フィリピンのミンダナオ島に鉄鉱石の焼結工程を移したのは、その一例である。川崎製鉄は、日本国内での批判をかわすために、この最大の公害発生工程をフィリピンに移転させたのである。たちまちのうちに付近一帯に大気汚染などの公害が広がった。

 ここで留意する必要があるのは、このような公害企業の海外移転のために、JICA資金が充当されていることである。1975年に「ミンダナオ焼結鉱開発事業」の名でJICAから貸し付けられた資金は、借り手については公表されていない。

これまで述べてきた様々な批判点・問題点をもとにして、組織・制度的に改善されたものもある。

 ODAの決定実施にあたっての環境面への配慮は既に80年代半ばにはOECDのDAC(開発援助委員会)で議論されており、85年には「開発援助プロジェクトおよびプロジェクトの環境アセスメントに関する理事会報告」を採択している。その内容は一言で言えば、援助プロジェクトを実施する際には、可能な限り早い段階で環境アセスメントを行うべきというものであった。ついでこれを具体化した形の勧告や環境チェックリスト、そしてガイドラインなどが作成されるようになり、日本でも国内的な体制作りを急ぐことになった。こうした動きと、日本のODA批判が活発に行われだした時期とが重複しているのだが、これは国際社会の相互依存状況を反映しているという点で、非常に興味深い。

 このような状況の下で日本の外務省は、途上国に対し環境面での配慮を重視することを伝えると同時に、各プロジェクトを実施した場合に予想される環境への影響について様々な角度から調査を開始した。また、JICAやOECF(海外経済協力基金)も環境配慮のための様々なガイドラインを作成し、各項目ごとに問題点を把握して、対処方針を明らかにしている。

 日本のODAが環境配慮の体制を着実に整えつつあるということは、参考文献などを読めば読むほど実感できる。しかし当然のことだが、組織が置かれただけでは、その組織が十分に機能することを保証するものではない。その組織を構成する人々一人一人の意識やモラルの高さが求められる一方、組織内の連絡、調整の迅速さ、適確性といった組織一般に求められる問題点をいかに解決するかが、新たな組織が目的を達成できるかどうかの鍵となるだろう。

 容易に想像できるように、途上国側の協力がどの程度得られるかどうかも、重要な点であろう。地球環境や民主化、人権といった事柄は、途上国、とりわけ政府にとってはどちらかといえば経済発展に比べ優先順位の低い問題である。その意味では北側の発想とも言えるこうした問題を、南側政府に納得してもらうことはそれほど容易ではない。第一、各プロジェクトの環境面での調査も、途上国政府の協力なしには十分実施できないことも事実である。よって、途上国政府に対し、日本政府が粘り強く、環境配慮の目的、意図等を説明し内容に関し同意してもらうことがとりわけ必要となる。と同時に、過去のプロジェクトによって損傷された環境の回復に対して資金を供与したり、環境を汚染するようなプロジェクトへの援助を行わないようにしたりする日本側の配慮も必要となる。

 このように考えれば、体制は整えたものの、まだまだ難題は山積みしているといってよさそうである。したがって、これからも環境破壊、人権無視といった現象を伴うプロジェクトが進行する可能性は完全には否定できない。体制作りは開発と環境保全を両立させるための第一歩に過ぎないのである。

B)ODA大綱について

 これまで行われてきた日本のODA批判の典型的な議論は、「民主主義体制とは形式ばかりの途上国政府に対する援助は、かえって相手国の富の格差を広げるだけであり停止すべきだ」というものであった。しかし、このような議論を直ちに支持するわけにはいかない。開発が行われ途上国の経済が離陸すれば、程度の差はあれ中間所得層が増大し、政府が教育に力を入れるようになり、そして最終的には教育の普及が政治的関心を高めるはずだと考えられるからだ。

 とはいえ、日本はじめDAC諸国の途上国援助が民主化の進展の度合いにも配慮しつつ行われなければならないことはもちろんであろう。これまでの途上国政府は「良い統治」という点でもまた「参加型開発」という点でも、DAC加盟国が定義する条件を満たしているとは言えなかった。そこでこうした議論を、日本政府も施策に反映させ始めた。それが、ODAの供与にあたっては、相手国の軍事支出の動向にも注意を払う等を明記するなど画期的な内容を含むODA大綱の制定である。日本は途上国の自助努力を支援し、「良い統治」の確保を図り、地球的規模での持続可能な開発が進められるように努めることを前提にODAを実施するということを、具体的な諸原則によって示したのだ。

 しかしここで問題となるのは、天安門事件の中国をはじめ、人権や、兵器の製造、武器輸出入等で問題がある国々に対して、日本がODAの供与を続けていることである。これは「諸原則をふまえ、状況を総合的に判断する」ということを意味する冒頭の記述を適用していると考えられるが、意地悪く解釈すれば、人権を無視し、環境を破壊し、兵器を積極的に輸出している国であっても、日本とその国との間に政治的に特別な関係があれば、ODAの供与国にもなり得るということを内外に宣言したと言えなくもない。そうした角度からの批判は多くあり、実際にほとんどの場合、原則は厳格には適用されていない。

 しかし、よく考えてみれば既に進行中の案件について、原則の観点から直ちに中止するとか、新規案件を二国間の外交上の経緯を無視して認めないということは、現実的な判断とは言えない。中止という決定が、ODAによってひ益する貧困層などに打撃を与える可能性もあるからだ。原則を機械的に適用することは困難であるし、ODAを外交の一手段として用いている日本としては、そうした行動をとることは必ずしも得策ではない。

 必要なのは、公式に内外に明らかにしたこのような原則を途上国政府との対話の際に繰り返し触れ、日本政府は常にこれらの点に関心を有していることを強調することであろう。そして状況が改善されればODA供与の障害はなくなるであろうし、依然日本の満足のいくような措置がとられない場合には、さらに日本の要求を強めていけばいいのではないか。

 つまり、一般的にマスメディアを中心に原則は非民主的な国家に対してはODAを抑制するという否定的な側面から理解されているが、原則について積極的に進展が認められる場合にはODAを増強するという肯定的な用い方にもより目を向けるべきであろう。

 いずれにしても、途上国の民主化促進という視点を明確に位置づけたODA大綱の登場は、日本のODAの歴史の中の転換点として位置づけることができる。

 しかし改めて思うのは、冷戦の終結という大変動がこうした内容の大綱の制定を可能にしたということである。この影響を受けて非民主国家への援助を見直すことになり、理念なき援助への反省を生むことになったのだから。きっとこれからも、国際的な変動が、ODAの質の向上のための良い薬となっていくのではないだろうか。

3.全体としての結論

 ここでは、各論で詳しく触れなかった問題についても交えつつ、日本のODAをこれからどのように改善していけばよいか、ということについて述べたいと思う。

 まず援助の方法についてであるが、これは底辺層の人々の生活水準の向上に よりつながるような援助・資金の適正な流れが必要であると言える。先にも述べたように、今までの日本のODAは「タイド援助」の割合が大きく、日本の企業や一部の富裕層の利益となるところが多かった。また、援助と名のついた大規模開発によって、民衆に利益をもたらすはずの援助がかえって借款の増加、貧富の差の拡大などを引き起こす結果となっている。「何のための援助か」「誰のための援助か」といった援助の理念が極めてあいまいであったのである。これをはっきりさせるためには、提案された援助プログラムが、真に援助を受けるべき人々に利益をもたらすものになるかどうかを一つ一つ検討するような国レベルでの機関が必要である。

 それに伴って、真に必要な援助を見極めるような専門家の派遣、人的援助をもっと増やさなければならない。現地住民に農・工業、医療などの専門技術を伝える専門家の存在は貴重である。「日本は金は出すが人を出さない」という批判が示しているとおり、世界の人的ニーズに対してはまだまだ応えられていないのが現状である。資金協力などのハード面に対するソフト面での技術協力がより必要とされる。

 しかし、ここで注意したいのは、援助の行き過ぎも時には問題となるということである。ひとたび大規模開発計画が失敗したりすると、援助の受け入れ国側の環境的・経済的負担(→借款)が増えていくばかりとなる。海外からの援助だけに頼っていると、援助受け入れ国が「やる気」すなわち「自助努力」の意欲を失い、国としての機能をも損ないかねない。あくまでも国民が生きていくための力添え、という姿勢を保つべきである。

 情報公開という観点から見ると、日本の援助に関する情報には、国民の前に明らかにされていないものが多い。日本国内では 自分たちが納めている税金がどのようなプロジェクトに資金供与されているのかわからないという事情があり、援助受け入れ国側では 援助案件の内容が住民には知らされないという事情がある。資金が有効に利用され、受け入れ国側の住民が真に求めているものが与えられるためには、援助に関する情報が広く公開されなければならない。近年になってホームページなどで援助実績を公開するようになったことは評価すべきことではあるが、まだまだ国民全体の援助に対する関心は低いのが現状である。一時は世界の国々から援助を受けていた過去を持つ日本が、今度は援助を実行することの方に関心を持ち、常に新しく正確な情報を得ようとし、その経済力や技術を有効に行使するべきなのではないだろうか。

 このように、たとえ「情報公開」を実行したとしても国民に関心がなければ意味がない。いくら多額の援助をしても援助受け入れ国側の自助努力がなければ持続的発展は望めない。結局のところ「援助の目的」の原点にもどれば「地球上のすべての人々が最低限の生活を送れるようにすること」であり、裕福で満たされた生活を送る者も、困窮している者も現実に存在する格差を是正するために、自分には何ができるのかを考える努力こそ今求められている要素である。

 ODA配分の不正や不適切さまたは援助方法のあり方を改善していくためにはどうしたらよいだろうか。どうせ援助をするのならより適切で有意義な援助にしたいものである。そのためには援助受け入れ国の経済的・社会的・自然的な状況について十分な知見をもった上で援助する必要がある。特に前述したように環境的配慮を払いつつ開発援助を進めるためにも開発途上国の調査・研究機関の存在が必要なのではないか。他国の例を見れば、カナダやスェーデンでは国レベルでそのような機関を設立しているし、民間レベルのものならアメリカやイギリスにも存在している。ODA資金を配分し、現地の状況を深く理解することで、本当に求められている援助が実現できる。ムダと言われぬような具体的、実用的な研究結果を公開し、実施機関に提供して生かしていくとともに援助体制における「第三者的立場」となって援助内容を監視するというような役割も求められるところである。

 その他、「適切な事後評価制度」もODAをよりよいものへと改善していくために大切な役割を果たすであろう。あるプロジェクトをやり遂げてから再び客観的に見て、いわば「反省会」をすることで「正解」だった部分もあれば必ず'まずかった'と思われる面も出てくるはずである。これらをプロジェクトの度にしていくことで援助の質は確実に上がる。

 このように「援助の質を上げる」ことも、これからのODAの永久的な課題の一つと言える。

今回、日本のODAをマクロよりの視点から考えてきた。そこには様々な批判の種とそうなってしまう原因が複雑に絡み合っていることがわかった。しかし、今私達にできることは今までに提案してきた「改善策」たるものをひとつずつ吟味しつつ実行していくことしかできない。ODA資金の配分にしても「環境」と「開発」のバランスにしても、いまだこれといった最良のバランスは定まっておらず、模索していくべきことである。

4.感想

 今回レポートにまとめてみて、あまりにも日本のODAの問題が各部門(経済・政治・環境・制度・方法…)で複雑に絡み合っているので、まとめるのが難しかった。各問題に分けようとしてもそれぞれに関連し合うところが多かったからである。それだけに大変な作業であったが、援助について深く考えるきっかけになってよかったと思う。

5.参考文献

・草野厚、「ODA一兆二千億円のゆくえ」、経済新聞社
・鷲見一夫、「ODA 援助の現実」、岩波新書、1989
・村井吉敬、「無責任援助ODA大国ニッポン」、JICC出版局
・フランツ・ヌシェラー「日本のODA海外援助 ―質と量の大いなる矛盾―」、スリーエーネットワーク


 

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