科学を発信する

講演する

1 市民を対象に話すとは

自分を壇上のパフォーマーと位置づけてみる

「自分がどう見られているか、どう聞かれているか」を自覚することが、成功への道です。

学会発表の焼き直しは通用しにくい
  • 学問分野の前提となる知識や専門用語を共有していない
  • 市民の動機は多様である(知的欲求を満たしたい、科学・技術についての懸念を表明したい、科学者と交流したい、など)
大学の授業をイメージしよう

専門家が非専門家へ知識を伝えるという点で、大学の一般教養科目は市民向け講演との共通点が多くあります。
いくつかの相違点を念頭に置きながら、講演をデザインしてみてください。

市民向け講演と大学の授業との相違点
  • 講演は1回きりのことが多いので、聞き手のニーズや持っている知識を捉えそこなうと後から軌道修正できない
  • 市民向けの講演では学力テストなどができないので、聞き手の顔や反応を見ながら進めるなどの工夫が必要になる
  • 学生には、単位を取りたい・専門知識を身につけたいなどの強い動機があるが、講演会にやってくる市民には、特定の動機を期待できない(アカデミックな雰囲気を味わいたいといった、学習以外の動機で来る人々も見受けられる)
  • あなたの言動が、大学教員や科学者にたいする見方やイメージに大きく影響を与えやすい
【コラム】
オトナのための「名大サロン」

2 講演の構成をつくる

講演を「物語」として構成する

論理的厳密さや論証の緻密さではなく、一貫した筋と意味を与えることが重要です。

「物語」として構成するときのポイント
  • 主人公を設定する(自分、科学史上の高名な研究者、(炭素循環の話をするときに)炭素原子、患者、子ども、など)
  • ストーリー展開を決める(歴史もの、謎解き、など)
講演の構造をしっかりつくる

あなたの講演を、導入、展開、まとめの3つのパートに分けて構成しましょう。

<導入部分>
自己紹介する
  • なぜあなたがこのテーマを話すのか
  • このテーマに対してあなたはどのような研究を進めてきたのか
  • あなたが責任もって話すことのできる領域はどの範囲か。
注目、期待、親近感を喚起する
  • 多くの人が関心を持つようなニュースを紹介する
  • 疑問を抱かせるような写真や事実・データを提示する
  • 聞き手の先入観を指摘する。「ゴリラは凶暴な野獣だと思っていませんか?」
  • 聞き手を驚かせる(例 「実は、恐竜は今でも生きているんです」…実は鳥類のことだという種明かしを後でする)
  • 簡単なクイズの実施
話題提供の目的を知らせる
  • 話す内容が参加者にとってどのような意味と変化をもたらすのか
  • 市民と語ることによってあなたは何を得たいと思っているのか
  • アウトラインの紹介
聞き手の持つ知識と関心を確認する
<展開部分>
流れをつくる
  • 内容を思い切って絞り込む
  • 内容上のまとまりをもったいくつかのユニットに分け、順序よく配列する
  • ユニットが相互にどのような関係があるのかを示す
  • 次のテーマに移るときは、一つのまとまりを話し終えたことを示す(内容を適宜要約する)
ハイライトを演出する
  • ここが聞き所ですよ、ということを表情や身振りで表わす
  • 「ここが一番大事なところです」、「今日これだけは覚えて帰ってください」と言葉で伝える
  • スライドの形式や背景色を他の場面と変えることで際立たせる
  • 問題解決型の物語として構成した場合などは、「こうして謎が解けました」と宣言する
ダレないように仕掛けを工夫する(集中して聞けるのは20分が限度と心得る)
  • 小さな発見を要所要所に仕掛ける
  • 実物を見せる(例 超撥水加工技術の説明として、紙皿の上をまん丸になって走り回る水滴や、水を入れても漏らない茶漉しを見せる)
  • 途中で質問タイムをもうける
  • 簡単なクイズやアンケートをする
<まとめの部分のつくりかた>
物語に終止感を与える
  • 冒頭で掲げた問いに最終的な解決を与える
  • 身近な話題からはじまった講演では、また身近なところへ戻ってくる(進化の歴史の話がヒトにまで達して終わる、素粒子の話が、身近な物体が存在している理由の話につながる)
  • 過去の話が現在につながる(例 「こんな風にして、みなさんがお使いになっているコンピュータが開発されたわけです」)
  • 将来の予測や、あなたの研究の今後の夢を語る
  • 重要なポイントを端的にまとめる
  • より詳しく知りたい参加者のために参考資料を示す
ディスカッションにつなげる(例 「このあと○○について皆さんとお話ししてみたいと思っています」)

3 大勢にたいする話し方

一言で言えば、学会発表や授業よりもさらに「大げさに」、「芝居がかった」やり方をとればよい、ということになるでしょう。

  • いつもより「ちょっとだけ」大きめの声で、ゆっくりめに語りかける
  • 強調したいところは、沈黙(間)を利用したり声を潜めたりする
  • 一つ一つの文を短く簡潔にする
  • 聴衆に語りかけるような言い回しを使う(例 「では、なぜダーウィンは自然選択で進化が説明できると思ったんでしょうか。ちょっと不思議ですね。答えを言ってしまいましょう。実は…」)
  • 聴衆に問いかけながら話を進める
  • 同音異義語の区別や漢字でどう書くかを適宜補う

4 非言語コミュニケーション

  • あなたの体、顔、視線を聴衆に向ける
  • 話と話の合間に、聴衆を見渡す
  • 聴衆側に歩み出たり、壇上から客席側に降りたりする
  • 表情豊かに、動作を伴って語りかける
  • 相手の耳元あたりを見る(目を覗き込むと威圧感を与えることがある)

5 ツールの使い方

ハンドアウト
余裕があるなら、図、グラフ、引用、年表、参考文献などはハンドアウトの形で配るのがよいでしょう。
プロジェクター
  • グラフや、ダイヤグラムや、図表、写真、動画を中心にする
  • 暗い背景色に白、薄い黄色、薄いブルーなどの明るい色の太字を、大きなフォントで使う
  • 一つのスライドには一つのアイディアを記す
  • アニメーションは講演のハイライトのみで使用する
  • 機器の調整確認を前もって行う
レーザーポインターや指示棒
  • ふりまわさない
会場照明
  • 質疑のあいだは明るくしてもらう

6 質疑応答

聴衆の方々は科学者に直接疑問を投げかけることのできる機会を楽しみにしています。また、あなたにとっても、市民が科学に対してどのような思いを抱いているかを知る、またとない機会です。

質疑応答の基本
  • 質問に対して、まずお礼を述べる
  • 簡単に質問をまとめ、くりかえす
  • 質問が明確でない場合、解釈して質問者に確認する
  • 回答のはじめにまず簡潔な答えをし、あとから補足説明をする
  • 回答が適切だったかを質問者に確認する
  • 権威による論証や相手の知識不足をあからさまに指摘するような答え方は慎む

(科学者を悩ませるような市民からの問いかけへの対応は「戦略を練る」のページを参照)