名古屋大学 高等教育研究センター

第28回客員教授セミナー 国立大学法人化の下での高等教育の将来像 天野 郁夫 氏 国立大学財務・経営センター教授/センター客員教授 2005年7月12日(火) 午後1時30分 名古屋大学東山キャンパス 文系総合館7階カンファレンスホール

■ 講演要旨

 1990年代以降の15年間の間に、日本の高等教育界は改革の嵐の中にある。大学設置基準の大綱化に始まり、大学院の大幅な規模拡大、評価システム・認証評価制度の構築、国立大学の法人化と再編、専門職大学院の制度化など枚挙に暇がない。これら一連の改革は何を意味するのだろうか。

 明らかに言えることは、大学設置基準やかつての国立学校設置法、国立学校特別会計によって管理・統制された「閉鎖系」の高等教育システムが、事後チェックとしての評価システム構築に象徴されるような「開放系」の高等教育システムへと移行しつつあることである。法人化以前の国立大学は名実ともに国の行政機構の一部であり、施設設備、教員数、入学定員や教育課程、学部・学科・講座の編成、学位の種類・名称に至るまで、すべて国の認可が必要であった。結果として、国立大学の新増設は厳しく規制され、大学は産業界からも地域からも隔絶された孤高の存在として国の保護を受けてきた。

 ところが、一連の改革によって国立大学とその外部の世界を隔ててきた境界が融解・消滅しつつある。教育課程や学部名称は自由化され、明治以来の講座制も大講座化によって廃止された。教員資格も専門職大学院の拡充によりアカデミックな資格を持たない教授職が誕生した。かつてはタブー視された産学官連携は大学人にすら当然のこととして受け止められるようになった。大学の入学資格も緩和され、いわゆる「社会人学生」向けの課程や学位が新設されるようになった。

 こうした中で、法人化したばかりの国立大学は、国立学校設置法や国立学校特別会計の廃止によって文部行政から分離され、経営的な自立を求められている。財政面においても、従来型の基盤的経費を自動的に割り当てる方式から競争的資金配分を行う方式に変化しつつある。講座・研究室レベルでみれば、運営費交付金がカットされるのみならず、大学本部の経費あるいは学部共通経費が拡大し、経常的に割り当てられる研究費が激減するという現象が起きている。 それでは、法人化された国立大学には日本の高等教育システムの中でどのような役割を期待されているのだろうか。中央教育審議会がまとめた「我が国の高等教育の将来像」(平成17年1月)では、「世界最高水準の研究・教育の実施」、「重要な学問分野の継承・発展」、「全国的な高等教育の機会均等の確保」など国の高等教育政策をより直接的に体現する役割が明記されている。同時に、各大学の実状に応じた主体的な選択や組織運営が求められている。

 国立大学をめぐる環境は大きく変化している。高等教育に関与する省庁はかつてのように文部科学省のみならず、他省庁、各地方自治体、総合科学技術会議など多様なアクターが存在している。評価機関も文部科学省所轄の国立大学法人評価委員会、総務省所轄の独立行政法人評価委員会、大学評価・学位授与機構などの認証評価機関、専門分野別の評価機関、さらにマスメディアなども大学の評価・格付けに積極的になっている。こうした新しい組織の相互関係はまだ十分に整理されておらず、機能や役割の錯綜・重複が起きている。国立大学内においても、従来から存在する組織体制と新しい組織の接合が求められている。外部からみても内部においても、国立大学は新しい秩序構築への模索段階にある。