名古屋大学 高等教育研究センター

第50回招聘セミナー 学生の成長に貢献する教員になる ―そのために大切なこと― 古宮 昇 氏 大阪経済大学人間科学部助教授 2005年6月10日(金) 午後1時30分 名古屋大学東山キャンパス 文系総合館7階オープンホール

■ 講演要旨

 本講演では、学生の成長に貢献する教員というものを、わたしが担当する実際の授業で起こった事例の紹介を通じて参加者と話し合いたいと思います。

 まず事例として、卒業論文の準備として学生による文献購読・発表のゼミでの出来事を紹介します。これは、7週間で毎週学生2名ずつが文献レビューを発表し討論する授業です。この授業では13名という少人数の授業でありながら、遅刻や無断欠席、居眠りなども多く、質問や議論も活発でないという問題にわたしは大変頭を悩めていました。様々な工夫をしましたが、どうしても学生たちの意欲を高めることができませんでした。そこで、ゼミをよくするための方策について学生同士で話し合うよう、学生たちに依頼しました。

 一般に教員はゼミ形式の授業に対して、遅刻をしないなどの最低限のマナーを守ってほしい、本当に学びたい学生にきてほしい、教員からの一方的な講義でなく学生同士の活発な議論をしてほしい、などの期待をすることが多いと思います。わたしもそうした考えを持っていました。そして、そうしない学生たちに腹が立っていました。

 しかし、わたしの価値観・希望を押しつけ、それに沿ったゼミにしようとすることが真に学生たちのためになるのか、ということを突き詰めて考えると、わたしのニーズに応えない学生を叱ったり非難したりする気にはなりませんでした。でも、このゼミが学生たちのためになる良いゼミになっていないことは明らかでした。どうすれば良いか分からないわたしは、学生たちに話し合ってもらうことにしたのでした。

 「先生がいないほうが自由に話し合える」という学生たちの要望に応じて、わたしは教室から出ました。一時間後、「話し合いが終わりました」と呼ばれて教室に戻ったところ、なんと、いつも暗く無表情だった彼らが、みんなニコニコしているではありませんか!

 彼らはすばらしい改善策をいくつも決めていました。毎週決まった学生だけが全員のまえで発表するのではなく、小グループに分かれて全員が毎週報告を行うこと、ゼミの初めの15分は雑談をすること、など。「愚痴を言わない」など、わたしへの要望もいくつかありました。さらに、「遅刻・無断欠席はやめよう」という目標も彼らが自発的に決めていました。

 またわたしはこの話し合いの前まで、学部生の卒業論文に必要なものは、文章の作法(引用文献の表記の仕方、脚注の付け方など)、論理的な文章を書く力や、正確な実験を行い結果を示すことであると考えていました。すなわち、卒業論文では新たな学問的発見などそもそも期待しておらず、特定の学問分野の作法に沿って上手な論文を書くことさえできればいいと考えていました。こうした指導に対して、ゼミの学生はもっと内容について話し合いたい、という要望も挙げていました。彼らにとって、「良いゼミ」とはそうした形式面ばかりの指導ではなかったのです。また、彼らはわたしから指導されることを拒んでいるわけではないことも分かりました。

 わたしは、学生とのさまざまな交流を通じて「学生を信頼する」ことを学んでいると思います。「学生が学ぶべきことは教員が知っている」という前提もわたしは疑っています。「何を学ぶのが自分のためになるのか」、ということ自体も学生自身に考えてもらい、その習得の手助けを行う教員になるのが理想的かもしれません。もちろん、わたしが「〜〜を理解することが大切だと思うよ」と学生たちを説得しようとすることはあるかもしれませんが、最終的には彼らの判断を尊重する教員でありたい、と願っています。

 わたしたちが学生だったころには、先生から信頼されたかったはずです。でもその当たり前のことを、教える立場になると忘れてしまいそうになります。

 学生を信頼することを通してわたしが学んでいるのは、本当は、わたし自身を信頼することです。教員がどのような人間であるか、が教育にはもっとも大切だと感じています。