コラム:SF「電話帳の謎」

 1990年代半ばから、ニホン国全域で大学の一般教育科目の講義要綱(どういうわけか「シラバス」と呼ばれた)の類が軒並み肥大化するという奇妙な現象が生じた。学生数の多い大学では、それはゆうに600ページを超え、もち運びに支障をきたしたばかりではなく、必要な情報を引き出すためにも、どこをどう読んだらよいのかわからないという事態を引き起こした。当時の森林資源の危機的状況からすると、使い捨ての情報供給手段にこのような「書物」という形態をあえて選択したことは理解を超えるものがあるが、ここではそれを問題にはしない。問題は、その不合理なまでの厚さにあった。これら「シラバス」はその分厚さのゆえに「デンワチョウ」と呼ばれるようになった。しかも、中身の「授業内容」の項目などは、判で押したように毎回の授業のテーマが個条書きになっているという不気味な共振現象も同時に存在した。

 原因はどうやら、誰かが、北アメリカ地域の大学で当時「シラバス」と呼ばれていた、コースの初めに教員が受講者だけに配布する詳細な文書と、「bulletin」とか「course description」と呼ばれる、その年度に大学で開講されるすべての授業の内容を簡潔にまとめた冊子とを取り違えたことによるものらしい。これが誰なのかは、歴史家による今後の研究が待たれる。しかし、現代のわれわれを真に震撼させるのは、この間違いがなんら正されることなく、ニホンのすべての大学にまたたく間に広がったという事実である。わたしはこの事実こそ、真にデンワチョウの「謎」と呼ばれるべきであると考える。