コラム:授業を変えると大学は変わるのかなあ




 自分たちで作成したティップスについてこういうことを言うのもナンですが、わたしたちはこのティップスを過大評価してはいません。もちろん、われわれ教員にとって様々な局面でティップスが助けになる、無いよりはあったほうが絶対によいに決まっているということは信じていますけれども。
 しかしここではあえて、ティップスをはじめとする「それぞれの教員が自分の授業の腕を磨こう」路線がもちうるマイナス面についても触れておかねばなりません。そこで、仮に名古屋大学のすべての教員がこのティップスを読み、自分の授業改善に乗り出したとしましょう。この結果、ひとつひとつの授業はとても内容豊かで、わかりやすく、学生に考える力を与えるようなものになったとします。これで、学生の4年間の大学教育全体に対する満足度をアップさせるのに十分でしょうか?次のような喩えを考えてみてください。あなたは有名なレストランで食事をしています。オードブルには、極上のフォワグラとキャビアのテリーヌが出ました。もちろんこの世のものとは思えぬ美味です。続いて出たのが、天然本マグロの大トロを使った握り寿司。これもいままでに食べたことの無いおいしさ。…と思うと、30年もののスコッチ・ウイスキーがストレートで。「こんなうまいウイスキー飲んだこと無いよ」と言いながらちびりちびりとやっていると、本場香港から直送のツバメの巣のスープが運ばれてきました…。確かにひとつひとつの料理は飛び切りの一級品です。でもあなたはこのレストランにもう一度足を運びたいと思うでしょうか? はて、私はいったいここで何を食べたのだろう??と思うのではないでしょうか?
 名古屋大学で勉強できてよかったと思って卒業してもらうには、個々の授業が充実していることはもちろんですが、彼らが四年間学ぶカリキュラムが全体として整合的で明確な教育目標に基づいたものであることが欠かせません。そしてこうした教育目標の明確化とカリキュラム全体の構築は一人一人の教員の個人的努力でどうなるものでもありません。また、教員が自分の授業改善に乗り出そうとすると、様々な制度的・財政的問題に突き当たります。例えば、様々な要因が絡み合い、平均的な1年生は週20コマ近くのコースを受講しています。このコースをそれぞれ担当している教員が授業改善に「目覚めて」、毎週課題をしっかりと課し、放課後のチュートリアルも行いというような授業をいっせいに行い出したら、学生はパンクしてしまいます。また、ひとつのコースを週2回行うことにして、ひとつを講義、ひとつを演習に当てるというような欧米でよくみられる形態の授業を行いたいと思っても、キツキツの時間割り、教室割りのおかげで現状では不可能です。などなど、あげればきりがありません。
 ようするに、個々の教員が本当によりよい授業を行っていくためには、大学全体での教育目標の構築と、制度的・財政的基盤の構築という、個々の教員によってはなしえない作業が前提条件として必要になるということです。そして、「教員はみんな授業の腕を磨こう。授業がよくなれば大学はよくなるのだから。」という掛け声は、ひょっとしたら、こうした真の授業改善のための基盤構築から眼をそらし、問題をそれぞれの教員の個人的努力へと還元してしまうことになるかもしれません。それでは、ティップスを制作した高等教育研究センターのメンバーの願いに反することになってしまいます。そこで、われわれは、授業について、大学教育について自由に語る場として、電子掲示板「みんなの広場」を設置することにしたのです。ご利用をお待ちしています。
(ティップス開発スタッフ一同)