1:コースをデザインする
2:授業が始まるまでに
3:第一回目の授業
4:日々の授業を組み立てる
5:魅力ある授業を演出する
6:学生を授業に巻き込む
7:授業時間外の学習を促す
8:成績を評価する

9:自己診断から授業改善へ

毎回の授業をチェックしよう
コース全体をチェックし来年のコースにつなげる
スキルを磨くためのその他の情報源
10:学生の多様性に配慮する

 

9章 自己診断から授業改善へ

 

 コースをデザインし、授業を行うスキルを高めることは、専門分野での研究能力を磨くことと同様に、教師の「商品価値」を高めることにつながります。そして、自分の教育能力を磨くことは、特別の才能や努力を必要とするものではありません。われわれは、毎日授業を行っているのですから、授業・コース改善のためのデータは、その気になりさえすればいくらでも手に入るわけです。あとは、そのデータをうまく収集し、分析し、考察を加え、新しいやり方を考え、それを試してみる……。あれま、これはふだんわれわれが研究でやっていることじゃないですか。というわけで、ここでは、教育スキルの向上のために考慮すべき項目を整理しておきましょう。あとは、一人ひとりがそれを実行するだけです。

 

9.1 毎回の授業をチェックしよう

 自分の授業をチェックすることが次回の改善に大いに役立つということは、一回一回の授業についても、また一学期間を通じて行われるコース全体についても当てはまります。そこで、まず一回一回の授業のチェックと、そこから学ぶべきことがらについてまとめておきましょう。

 

9.1.1 学生の理解度を常にチェックする

  学生が自分のコースをどれくらい理解してくれているかは、教師が学生について知るべき最も重要な情報のひとつです。コースを通じて常に学生の理解度をチェックすることを心がけましょう。さもないと、学期末のテスト結果を見て初めて、最初のころの授業で導入した概念をずっと誤解し、その結果、コースの内容全体を系統的に誤解していた学生が続出、ということにもなりかねません。そこで、コースの途中で学生の理解度をチェックするための方法をまとめておきます。

  1. 授業中に、学生にとってつまずきやすいと思われる個所にさしかかったら、学生を指名して教師が述べたことを自分の言葉で言い直させる。これは、定義した概念を再度説明させ、その適用例を指摘させる、紹介した理論の反例をあげさせる、など、いろいろ応用ができます。
  2. 授業の終わりに、質問カード、リアクション・ペーパー、ミニット・ペーパーなどを提出させ、授業のポイント、疑問、質問などを書いてもらう。
  3. 授業の最後の5分ないし、10分を理解度の確認のための時間として位置づける。この時間の中で、「今日の授業で新しく学んだことをまとめてごらん」というぐあいに学生に質問したり、逆に学生からの質問を受け付けます。学生はこのような時間が確保されていることで安心します。
  4. 指名した学生に授業の重要なポイントを含む問題を黒板で解かせる。その際に、学生二人組を指名して一人の学生を「助言者」とするということで、かなり心理的な圧迫感が取り除けます。
  5. 課題は、学生の理解度を確認することのできるような内容のものにする。
  6. 解答時間が10〜15分程度の小テストをときどき実施する。

 小テスト、質問カードの提出、課題などを最終的な成績評価に加味するかどうかは別途考えて決めればよいことですが、大事なことは、かりに成績評価に含めることにした場合でも、小テストの第1の目標は学生の成績評価ではなく、あくまでも理解度のチェックにあるということを忘れない(そして学生にもそのことを知っておいてもらう)ことです。つまり、理解度の悪い項目については、補習をしたり、課題を出したり、補助資料を配付したり、次回の授業の一部を使って再度解説したりと、なんらかの手当てをしなければなりません。また、著しく理解度の低い学生に対してはオフィスで面談するなど、個別の対応も必要でしょう。

  小テストが成績評価のためではなく、あくまでも理解度のチェックのためだということを強調したいのであれば、匿名のテストにすることだって可能でしょう。

 

9.1.2 アンケートは自分自身の授業改善に役立つものを

 現在、多くの大学で「学生による授業評価」の大儀名分のもとで大規模なアンケート調査が実施されています。しかし、たとえば「黒板の字は見やすかったですか」とコースの最終日に調査してもナンセンスでしょう。学期末でのアンケート調査については9.2.2で詳しく述べることにして、ここでは、コースがスタートしてあまり日をおかずに、すぐにでも改善できる点について手作りのアンケートを実施することを提案します。

  アンケートの調査項目を決める上で注意すべきことは、次の点です。

  1. アンケートをとるねらいを明確にする。ひとつのアンケートであれもこれも調べようということは、しょせん無理な話です。最も気になっていることに、焦点を絞りましょう。
  2. アンケートの質問項目は具体的、かつ簡単に答えられるものにする。たとえば、「授業の質はよいですか」という質問項目は最低です。「授業の質」とはなにかが、あまりにもあいまいだからです。逆に、うまい質問項目を作ることによって、学生に「そうか、こういう条件を満たしているのがよい授業なのか」と理解させることができます。
  3. 調査項目数をなるべく少なくし、その代わりに自由に記述できる欄を設ける。たとえば板書について、「黒板の字はよく見えましたか」「黒板の字は丁寧でしたか」「板書は体系的にまとめられていましたか」「黒板を早く消しすぎることはありませんでしたか?」というような項目を立てるよりは、「板書の仕方は適切でしたか」→はい・いいえ(「いいえ」の場合:どのようなところが不適切でしたか)と、不都合に感じたところを書かせればばすむことです。
  4. あまり頻繁にアンケートをとらない。ひとつのコースの中で、何度も何度も授業アンケートを実施することは避けるべきです。その代わりに、アンケート以外の方法で学生からの情報を得る工夫をするほうが効果的です。たとえば、リアクション・ペーパーに授業についてのコメントを求める、オフィスアワーを利用して学生との面談を行う、電子メールや電子掲示板を利用する、授業後教室に残って雑談をするおりに授業の進め方を話題にする、といった方法があるでしょう。
  5. しかし、なによりも重要なのは、こうして学生から寄せられた改善の要求にすぐにこたえるよう努力すること、すぐに改善できない点についてもすぐには実現できないむねを伝えることです。アンケートのとりっ放しは、学生と教師の信頼関係をひどく損ないます。
スタート直後にとるアンケートの項目

コラム:アンケートそこまでやるの?

 

9.2 コース全体をチェックし、来年のコースにつなげる

 学期末に学生の成績をつけて事務に提出すればコースは一丁上がり、と考えてはいませんか? 大切な作業がもうひとつ残っています。自分が一学期間行ってきたコース全体の出来映えを反省・評価し、来年のコースの改善につながるような資料を残しておくことです。そのための最も役に立つデータは、学生の試験成績です。

 

9.2.1 教員が試験結果から学ぶべきこと

  期末試験の成績だけ(単位がとれたかとれないか)だけが気になる学生と同様に、なん人に単位を与えるかということだけに頭を悩ます教員がいます。しかし、学期末試験の成績からは、自分のコースについて豊かな情報を得ることができます。多くの学生に特徴的な間違いが見られた場合、コースにおけるその話題に対する時間配分が足りなかった、説明がわかりにくかった、学生の知識や理解力についての想定と現実がずれていた……いろいろ考えられますが、とにかくコースの構成や授業の展開についてなんらかの改善が必要なことは明らかです。

  このように、学期末試験の結果からは、次回に同じ話題についてコースを担当するときに、そのデザインにたいへん役立つ反省点を取り出すことができます。少なくとも、予想外に成績の悪かった問題、特徴的な間違いの傾向などは、記録にとどめておきましょう。

 

9.2.2 今後の授業改善に役立つアンケートをとろう

  学期末にすべてのコースでいっせいに実施される授業アンケート調査は、必ずしも個々の教員が自分のコースを改善する際に直接役に立つ調査項目が含まれるとは限りません。

  したがって、たとえばコースで新しい内容や方法を導入してみたときに、それが学生にどのように受け入れられたのかを知りたかったら、自分でアンケートをアレンジする必要があります。自由記述欄を利用して、個々の教員が設問を増やすなどの工夫ができるでしょう。

  大切なことは、調査の結果を自分のコースの改善のためのフィードバックとして利用するという態度です。そのためには、

  • 調査結果を学生、TAや同僚に公開し、どのように改善すればよいかについてのアドバイスを求める。
  • 少数の学生による、辛辣で人を傷つける意図をもったコメントに、あまりくよくよしない。こうしたコメントは、調査をすれば必ず含まれてきます。むしろポジティブなコメントに注目し、あなたのコースを高く評価してくれた学生からの評価を下げずに、ネガティブなコメントを減らしていくにはどうしたらよいかを考えることにしましょう。

 

9.2.3 ティーチング・ポートフォリオを活用しよう

  ティーチング・ポートフォリオは、近年アメリカの大学で教師の教育活動の評価のために用いられるようになった方法です。教師は、自分の教育活動の成果と質を証拠立てる資料をそろえ、それをひとつのファイルにまとめて、教育業績の評価を受ける、というものです。もともとはこのように教師の教育における能力を評価し査定するために作られるものですが、これを自分の授業改善のための資料、つまり拡張された授業記録としての役割に転用することができます。

  ポートフォリオのよい点は、さもなければ散逸してしまう教育活動についての資料やデータをひとつにまとめるという点にあります。残念ながら多くの教師にとって、授業はやりっ放しというケースが多いようです。しかし、毎回の授業が終わるごとに、教科書の不出来な部分、学生がつまずいたポイント、うまくいったたとえ話、特徴的な質問などを記録し、ポートフォリオに保存しておきましょう。緊急の課題であれば、次の授業時間になんらかの善後策を講じることができます。そうでなくても、こうした記録を、授業中に配ったハンドアウト、学生の最終的な成績結果などとともにファイルしておくと、次年度のコースを計画するときにとても役立ちます。

チェックリスト:ポートフォリオに盛り込む内容

 

9.3 スキルを磨くためのその他の情報源

 すでに述べたように、スキルを向上させるための一番のリソースは、自分自身の授業そのものにありますが、次のような方法を補助的に取り入れることによって、さらに改善のための努力を効果的なものにすることができます。

 

9.3.1 大学教授法についての本を読む

  本を読んだだけで授業が飛躍的に改善するというのはもちろん幻想にすぎませんが、教授法関連図書は、すぐに役立つさまざまなヒントの集積として、あるいは頭を整理するための枠組みとして一度は読むだけの価値があるでしょう。

 

9.3.2 教育について語り合おう

  本よりも大切なのは、同僚との会話かもしれません。同僚とは同じ学生を対象にしているために、共通の悩みがあるでしょうし、とくに専門分野が共通の同僚とは、教育内容についてさらに込み入った話ができます。こうした同僚との会話を通じて、「ぼくは、こんなやり方でやってみたらうまくいった」というようなヒントを得ることができます。各大学で行われるようになった教師向け研修等は、こうした同僚との対話のよい機会になるでしょう。

  また、学生との雑談の中で、教え方・教わり方を話題にすることもできます。とにかく、キャンパス内で、教えること・教わることがごく自然な話題になるような雰囲気を育てることが重要でしょう。

 

9.3.3 同僚の授業を聴きに行こう

  自分のクラスは密室で、そこでなにが起こっているかは秘密中の秘密、授業のやり方にコメントなぞされようものなら、あたかも聖域を土足で踏みにじられたように怒り狂う、というのがちょっと前までの大学教師の平均的態度だったように思われます。こうした態度は、徐々に変化しつつあります。関心のある話題についての同僚の授業を聴きにいく、ジョイント・セミナーを開く、自分の授業にゲストとして同僚や他大学の研究者を招く、といったことが行われるようになってきています。こうした機会に、相手の授業の進め方をじっくりと「観察」しましょう。必ず得るものがあるはずです。

  さらに一歩進んで、「最近、授業のやり方で悩んでいることがあるんだけど、今度あなたの授業を見せてもらえませんか?」、あるいは「新しい方法で授業をやってみようと思うんだけど、よかったら見にきてコメントしてくれない?」と言い合えるようになるとよいですね。ただ、その場合も、漫然と見てもらうのではなく、あらかじめどのような点に注意して見ていてもらいたいのかを伝えておくことが重要です。

 

9.3.4 TAにアドバイスを求めよう

  TAが参加しているコースの場合、彼らが最も適切な助言者になってくれます。なぜなら、TAは教師と学生の両方の視点に立つことのできる立場にいるからです。あらかじめ、コースの中間評価、最終評価、学生からの要望の聴取などを、TAの役割の一部として「契約」しておくとよいでしょう。

 

9.3.5 自分の授業を録音・録画する

  文字どおり、学生の視点から自分の授業をチェックすることができる点が、この方法の利点です。アメリカのいくつかの大学では、教育改善のためのセンターのような学内組織が、求めに応じて録画スタッフを派遣してくれることになっています。日本ではまだそこまでは及びませんが、TAに頼む、あるいはビデオに録画することはあきらめても、せめて録音してみる、というような方法ならすぐにでも可能でしょう。初めは非常に心理的抵抗が大きいかもしれませんが、やってみるとけっこう効果があるものです。

 

9.3.6 学生からモニターを募る

  コースの初めに、授業の進め方についてのチェックとアドバイスをする少数の学生モニターを募っておきます。あらかじめ、とくに注意してチェックしておいてもらいたい項目を伝え、コースがある程度進んだ段階で、報告してもらいます。

スタート直後にとるアンケートの項目

 

9.3.7 ワークショップ・セミナー・研修に参加する

 高等教育研究センターでは、高等教育の国際比較から個別分野の教授技術にいたるまで、さまざまなテーマでセミナーを開催しています。開催日時などの情報はセンターのホームページに掲載されます。ときどきチェックしてみてください。
 学外にもFaculty Developmentのための研修プログラムを開催している機関があります。たとえばメディア教育開発センター(NIME)は、様々な研修プログラムを用意しています。その中にはSCSを用いて名古屋大学にいながら受講できるものもあります。

コラム:授業を変えると大学は変わるのかなあ