情報創造論の卒論の書き方

本稿の目的・使い方


 本稿では、情報創造論講座で卒論を書く上で踏まえておいてほしいことをまとめる。 ただし、講座の性質上、卒論のテーマ、アプローチとも千差万別であり、一概に言うのはむずかしい。勢い本稿では抽象的な一般論が多くなってしまっているが、そこは各自の指導教官と相談して、本稿も参照しつつ自分にあった研究計画をたてること。
 本稿では、論文完成までのステップを、「第一段階:問題の設定」「第二段階:調査」「第三段階:執筆」「第四段階:提出」に分けて説明する。これは大まかな流れであって、前と後の段階を行ったりきたりすることもあれば、並行してすすめることもあるだろう。論文を書いている途中、「次は何をしたらいいんだろう」と悩んだり 「何かやり忘れていることはないだろうか」と気になったりしたときに、本稿をひもといてみれば自分が論文完成までどれくらいの距離にいるかの目安となる、そういう一種のペースメーカーのようなものとして本稿を利用されたい。
なお、本稿のタイトルは「情報創造論の」卒論の書き方、となっているが、ここに書いてあることの多くはたいていの文系の研究にあてはまることなので、今後他の場所で研究を続けるような場合にも応用はきくはずである。


第一段階:問題の設定

 何はともあれ、問題を設定しないと研究は始まらない。特に、卒論のレベルでは、論文の出来は、どれだけ上手に問題を設定するかに半分くらい依存している。おもしろく、しかも手頃なサイズの問題を設定することが論文の成功に欠かせないのである。最初から答えが見え見えな手軽な問題設定では、論文完成までの長丁場を興味を持続させることは難しい。逆に、一生かかっても答えの出ないような大問題や、どうやって研究したらいいか途方にくれるような問題を立ててしまっては先に進めなくなる。 また、自分にとってなんらの必然性もない問題設定では、研究を進めているうちに目的を見失ってしまうこともよくある。
 では、どうしたら上手な問題設定ができるのか。一般論としては、まずは、とりあえず研究できるかできないかは別として、自分が卒論まで関心を持続できそうな大きな問題を設定する。「なぜAはBであるのか」、「どのようにしてAは生じているのか」などの単一の問いの形にまとめることができれば上出来である。自分でそういう問題を見つけられない場合、創造論の教官の授業を積極的にとって、そこで学 んだことから自分の興味のもてる問題を選ぶ、というのも手である(というか、他の講座では普通そうしているだろう)。そうした大問題をある程度切り縮め、卒論で扱える大きさ にするのが次の作業となる。このためには、教官と相談する、関連文献を読むなど、ある程度の初動調査は欠かせない。

教官に話をきく

 当たり前であるが、どんなテーマで卒論を書くにせよ、まずは自分の指導教官と話し合うこと。テーマによっては、創造論以外の教官に話を聞きに行く必要もあるかもしれない。創造論の教官はたとえば社会調査に関しては素人であり、どういう風に研究を進めるかについて有効な指示を与えられない場合もある。いずれにせよ、こうして教官と話すことで、どうやって関心を絞り込んだらいいか、何をとりあえず読んだらいいか、などについての示唆が得られることであろう。

先行研究の調査

 おおまかなテーマが見えたら、まずは先行研究、つまり自分がやろうとしている分野でこれまでどのような研究がなされてきたか、についての調査が必要。今はインターネットという便利なものが存在するため、yahoo(http://www.yahoo.co.jp/)や goo(http://www.goo.ne.jp/)などのサーチエンジンを使ってある程度のあたりをつけることはできるが、学術情報はまだまだネットにのらないものが多い。また、ネットの情報のクオリティは疑ってかかった方がよいため、結局は信用できる紙媒体の情報でダブルチェックすることになる。そんなわけで図書館での検索も欠かせない。名大にある本は(http://opac.nul.nagoya-u.ac.jp/)、 他大学にある本は( http://webcat.nacsis.ac.jp/)で検索できる。キーワード検索などを有効に使って、まずは一冊、自分と関心の近い本を見つけよう。そういう本を見つけたら、本文も大事だけれど、それよりも参考文献表に注目しよう。キーワード検索ではみつからなかった重要文献がそういうところで網にかかる可能性は高い。さらにそういうやり方で見つけた本の文献表を見て・・ ・というやり方で芋蔓式に文献をあさっていくとよい(このやり方をするには、言うまでもないが、最初の出発点とする本はできるだけ新しい方がいい)。

 さて、こうして集めた文献を読んでどうするのか?
 (1)ひとつには、そのトピックについてより深く知ることで、自分の漠然とした問題意識を明確な形にすることができる。
 (2)また、もしかしたら、自分が当初疑問に思っていたことについてはすでに先行研究で答えが出ているかもしれない。その場合には、先行研究を踏まえてよりつっこんだ問題を立て直す必要がある。
 (3)あるいは、先行研究を読んでいるうちに、先行研究の不備に気づくこともあるだろう。その場合は、そうした不備を補うような研究を新たに構想するということも可能である。
 (4)また、データの集め方、分析の仕方についても先行研究は重要な情報源になる。 自分がやろうとしている分野ではどういう手法が主にとられているか、そしてその手法を使う際にどういうことに注意するべきか、といったことは先行研究をみていく内にわかってくることである。

作業仮説

 研究を進めていく上で、単に問題を設定するだけではなく、その問題に対する答えを予想して、その答えが正しいかどうか確かめる、というのは有効な手法である。 そういう予想を「作業仮説」と呼ぶ。 作業仮説を立てた場合、その作業仮説が正しければこういうことが観察されるはずだ、ということを予測して、その予測を確かめる、というやり方で研究を進めることができる(これを科学哲学用語で「仮説演繹法」と呼ぶが名前はどうでもよい)。たとえば「少し前に雨がふった」という作業仮説を立てたら、「それなら地面が濡れているはずだ」という予測がたてられる。地面が濡れているかどうか調べてみて、地面が濡れてなかったら「おそらく仮説は間違っていた」と結論づけることができるだろうし、濡れていたら「仮説を支持する証拠が得られた」と結論できる。ただし、いずれの場合にせよ、その結論の正しさが「証明」できるわけではないので注意。地面が濡れていても雨が降らなかった可能性(誰かが水をまいたとか)、地面が濡れてなくても雨が降った可能性(すぐに乾いてしまったとか)は常に残る。


第二段階:調査

データの収集の手法

 調査、すなわちデータの収集と分析は研究の核になる部分である。あとでいくつか例 外を述べるが、普通は何らかの形で自前のデータを用意するのでなければ、研究をしたとは言えない。データの取り方については一般論を書いてもあまり意味がない。自分の分野の方法論に関する教科書を読むこと。とはいえ、最低限言っておきたいことをいくつか。

(a)アンケート
アンケート調査は、細心の注意をはらってやるのでない限りあまりすすめられない。 たとえば、友達に調査用紙を配って答えを記入してもらうというのは、学術的に価値 のある調査にはなりにくい。特に、アンケートの結果を何らかの形で統計的に処理する場合、(〜の割合が何パーセント、といったように)サンプルが何らかの形でラン ダムに選ばれたのでなければそうした数字にはまさに何の意味もない。 (これはアンケートに限らず、サンプルをとって統計処理する場合一般に言えることである。)記述式のアンケートを書いてもらってその内容を分析する形式ならそうしたランダム化は必要ないが、この場合も自分のアンケートの結果がどの程度一般化できるものかというのは常にうたがってかかった方がよい。

(b)インタビュー
創造論で書かれるような卒論で、手っ取り早くデータを取る方法として、インタビューという手法がある。インタビューは特に相手の貴重な時間を割いてもらってやるものであるから、相手に失礼にならないように気を配ること(詳しくは社会学などの方法論の教科書を参照)。なお、最近ではe-mailを使ったインタビューなども可能になってきている。利用できる情報収集手段は有効に利用すること。 インタビューは、他では得られない貴重な情報が得られる可能性がある反面、気をつけないと主観的な要素や偶然的な要素が非常に混入しやすい手法でもある。ちょっとした質問のしかたの違いが全然違う答えを引き出してしまうこともある。また、インタビューを受ける側の記憶のあやまりや都合のいいごまかしなどにも注意をはらう必 要がある。

(c) 内容分析
書かれたものなどの内容の分析。多くの文献をあさって、ある程度統計的な処理をするタイプの分析も可能であるし、単一のテキストにしぼって詳細な分析をすることもあろう。いずれにせよ、自分が問題設定で立てた問いを常に意識しながら、適切な分析対象と分析手法を選択するのが大事。 内容の分析にも主観的な要素が不可避的に入ってくるが、だからこそかえって分析の客観性により大きな注意をはらわなくてはいけない。同じテキストを自分と全然違う読み方をする人がいるかもしれないことを常に念頭に置きつつ、自分の読み方をそうした人に対しても正当化ないし説得できるような分析をしてほしい。何の説明もなく「私はこう思いました」ということを書くのでは論文にはならない。

(d)その他の手法
その他、友人を使った簡単な実験や、街角での観察など、低コストでできる調査手法はいくらかある。インターネットもうまく活用すれば有効な調査対象になるだろう。 情報創造論講座の場合、ノウハウが蓄積されているわけでもなく、多額の予算が使えるわけでもないので、テーマにあわせて創意工夫を発揮して調査してほしい。ただ、どういう手法を使うにせよ、その手法で本当に意味のあるデータがとれ るのか、その手法にはどういう限界・問題点があるのか、ということは常に意識してほしい。

既に存在するデータの利用

 自前のデータでない既存のデータを使うという場合、次の二つのシチュエーションが考えられる。
 1.卒論の場合、時間的・金銭的制約上、完全に満足のいくデータが自前の研究で得られることはほとんどない。そこで考えられるのが、副次的に、すでに存在するデータも使うという方法である。例えば大規模な社会的な統計や、先行研究がデータとして提示しているものなど、使える情報はいろいろあるだろう。こうした副次的なデー タが、自分で集めたデータと同じ結論を指し示している場合、その結論はそれだけ強く支持されることになる。
 2.では、既存のデータだけで論文を書くことはできるだろうか?これは論文の主眼点をどこに置くかによる。分析の手法や視点の新しさに論文の主眼がある場合、すでにあるデータを分析・解釈し直して、これまで見落とされていた側面を明るみに出すというのも意義のある作業である。逆に、そうした新しさを明確に打ち出すことができないのであれば、既存のデータだけで勝負しようとするのは考え直した方がよい。

一次文献と二次文献

 書かれたものを研究する場合、研究対象としての文献と、自分と同じような関心を持って書かれた(すなわち先行研究としての)文献をはっきり区別して考える必要がある。前者を一次文献、後者を二次文献という。(研究の性質によっては、ある研究では二次文献として扱われるものが、別の研究では一次文献となることもある。)一般には、二次文献をまとめるだけでは独自の研究とはいえない。 ただし、哲学などの特殊な分野においては、一次文献と二次文献の区別ができない場合もある。たとえば、「情報」という概念のよりよい定義を模索する、というような研究テーマの場合、これまでに提案されてきた「情報」の定義は、先行研究であると同時に研究のためのデータとしての役割もはたす。この場合、先行研究のまとめが論 文の主要部分を構成することになるだろうが、それでもそれだけでは自分の論文にはならないということは銘記しておいてほしい。自分なりの独自の分析、視点、解釈、提案などがあってはじめて、あらためて論文を書く意味があるのであ る。

内的妥当性と外的妥当性

 どんな種類のデータを集めるにせよ、考えなくてはいけないのが、そのデータが本当に使い物になるかどうかである。科学方法論では「内的妥当性」と「外的妥当性」という概念を使ってこの問題を整理するのでちょっと紹介しよう。
 「内的妥当性がない」というのは、平たく言えば、データの取り方そのものに問題があるという意味である。例えば心理学の実験で、被験者が実験者を困らせてやろうわざと間違えていたり、インタビューで知らず知らずのうちに答えを誘導していたりしたら、そのデータは信用できない。
 「外的妥当性がない」というのは、データの収集の直接の対象と、そのデータを使って知ろうとしている対象との間にギャップがあるという意味である。例えば「現代日本の若者」の動向について知ろうとして「名古屋大学の学生」のグループにアンケートをとった場合、もし「名古屋大学の学生」という集団が「現代日本の若者」の中で非常に特殊なグループであったとしたなら、そのデータからの一般化は妥当なものではなくなってしまう。
 ただし、内的にも外的にも完全に妥当で満足のいくデータというのはまずありえない。繰り返しになるが、大事なのは、自分の調査手法の限界と問題点をはっきりと意識した上でそれを使うということである。自分の手持ちのデータからどれぐらい強い結論がでてくるかといったことを判断する上で、こういう意識は重要になってくる。

仮定を立てること

 上の妥当性の話とも関係してくるのが、「仮定を立てる」ということである。たとえばある問題について、1990 年代のデータが必要なのに、手に入るのは1980年代のデータしかない、などという場合がある。ここで80年代のデータが90年代について推測する上で有効か、というのは典型的な外的妥当性の問題で、きちんと正当化する必要がある、ということはすでに述べた。しかし、ここで簡単な抜け道として、「80年代の傾向がそのまま90年代も続いていたと仮定すると・・・」と前置きして、その仮定の下に議論を展開するという方法がある。
こういう方法はずるいように思うかもしれないが、科学の研究は大なり小なりすべてこうした仮定のお世話になっている。例えば物理学の実験で、限られた数の実験から宇宙全体に当てはまる法則を導き出すのでも、「この実験は特殊な例外ではない」という仮定に依存している。ましてや、時間も資金も限られた情報創造論の卒論が無数の仮定に依存せざるをえなくなるのはほとんど必然的である。
 もちろん、ちょっと調べれば手に入る情報を「仮定を立てることにすればいいや」とごまかしてしまうのは困りものである。また、あまり無茶な仮定を立てるのもやめた方がいい(例えば上の例で、1990年代について知りたいのに1930年代のデータしかなかった場合、そこから同じ傾向が続いていると仮定するのは無茶であることが多いだろう)。
 気をつけなくてはいけないのは、データの分析や解釈の核心にあたる部分で、無意識のうちに立てた仮定に基づいて勝手に話をすすめてしまわないようにすることである。論文の要所要所で、「私の解釈は・・・という仮定に基づいている」ということをはっきりと述べること。結論も、「仮定A、B、Cを受け入れるならばDということがいえる」という条件付きの形になるだろう。もちろん条件をつければつけるほど結論は弱くなるが、手持ちのデータから言えもしないことを勝手に結論づけるよりははるかにましである。


第三段階:執筆

論文の構成

 情報収集の段階がすんだら、いよいよ論文の執筆にかかることになる。どういう手順で論文を組み立てて行ったらいいのだろうか? まず、論文の構成の一つの例を示す。
1 タイトル
2 目次
3 凡例
4 序論
5 問題設定と作業仮説の提示
6 先行研究の紹介
7 調査方法
8 データの提示
9 ディスカッション
10結論
11注(後注形式を選んだ場合)
12文献表
13謝辞

 ここではたとえば「6 先行研究の紹介」という書き方をしているが、こういうタイトルの章を書けという意味ではない。だいたいこういう順序で、こういう内容を、自分の研究にあわせてアレンジしながら盛り込んでほしい、ということである。普通、「第一章」「第二章」という形で章立てするのは5〜9にあたる部分である(序論、結論にも章番号をわりあてる場合もあり、どちらでもよい)。もちろん、一つの項目をいくつもの章に割ってもいいし、一つの章がいろいろな項目の要素を持っていたりする書き方でもよい。読者にとって一番読みやすい組み立て方を 考えて欲しい。
 いずれにせよ、実際に執筆する順序は完成稿の順序に縛られる必要はない。8や9に当たる部分をまず書いて、それから5、6、7をかき、その辺が全部できてから4や10を書く(その他の部分は本当に最後に書く)というのが一つのやり方である。

以下、上記のそれぞれの項目について説明する。

1 タイトル
タイトルは漠然としたものは避け、なるべくその論文で扱う問題がよく分かるようなものを選ぶ。

2 目次
目次は論文の構成を手っ取り早く知る上で役に立つので、なるべく詳しいものを作って欲しい。なお、ときどき「第一章」「第二章」、あるいは「I」「II」などと、見出しを付けずに数字だけで章分けをしている論文を見かけるが、卒論ではそれはやめて欲しい。必ず、その章や節の中に何が書いてあるか分かるような見出しを付けること。

3 凡例
「凡例」とは、論文全体にあてはまる注意書きのこと。例えば論文全体を通していろいろな略語を使う場合など、最初に凡例としてリストアップしておいてくれると便利。

4 序論
よく言われることだが、序論は、読む上では最初にくるけれども、書く順序としては本体(上の5〜9に当たる部分)をすべて書いてから最後に書くものである。序論を 最初に書いても結局は最後に書き直すことになることがほとんどであろう。 序論では全体の見通しをよくすることを心がけてほしい。序論として、しばしば、論文の本体とほとんど関係のない「気の利いた」文章を書こうとする人がいるが、それはやめてほしい。卒業論文は学術論文であってエッセイではない。
 序論において必要なのは、論文全体を通した問題の設定と論文の構成の説明である。この問題の設定は、必ずしも研究をすすめる上で念頭に置いてきた問題設定(第一段階で選んだもの)である必要はない。最終的に手に入ったデータが自分が考えてきた問題と結局はあまり関係がないものであったり、自分の得たデータが当初のもくろみ よりもおもしろい結論を示唆している場合など、問題設定そのものを変更した方が論文全体の見通しがよくなるということはありうる。論文というのは一つの作品だということを忘れずに。また、ここでは、問題設定の具体的な細部に立ち入るよりも(そ れは次のパートでやればよい)、なぜそれがおもしろい、研究に値する問題なのか、という説明がほしい。

5 問題設定と作業仮説の提示
問題の設定が込み入った内容であったり、あるいは作業仮説を立てて研究したりといった場合には、序論とは別に章を立てて問題と作業仮説を説明した方がいい。 (その場合でも、問題設定に関する最低限の説明は序論の中に欲しい。)この5と次の6は 順序を逆にした方が話の筋道が分かりやすくなることもあるので、その辺は臨機応変に。

6 先行研究の紹介
上の第一段階で先行研究を読むときにすぐにノートにまとめておくと、この部分を執筆するときにも楽である。後からまとめようとすると結局先行研究を読み返すことになり二度手間である。 自分が実際に読んだ先行研究をすべて論文中で挙げる必要はない。問題設定および自分の研究との関連で言及する必要のあるものを挙げること。 また、単に紹介するだけでなく、先行研究の不十分な点、自分の研究が先行研究と比べて何か新しい要素を付け加えていると言える点などを指摘しておくのもよい。

7 調査方法
自分でデータを収集するわけでない場合にはこの項はあまり必要ない。しかし、特に社会調査的な研究の場合、読者が基本的には同じ研究を再現できることがのぞましいので、自分の使った調査方法を説明するのは重要である。たとえばアンケートの場合であれば、アンケートの対象の選択方法(どういうグループからピックアップしたか)、アンケートの実施の方法(郵送か面談か等)、アンケートの質問の文面、回答率、集計のやりかた(統計的分析であればどの検定法を使ったか等)等の情報が求め られる。テキストの内容分析であれば、内容分析の対象となるテキストの選択に至る 過程、内容分析の手法(特に何らかの統計的分析を使うなら統計の取り方)などの情報が必要だろう。
 また、自分が使用した方法について、先にのべた内的妥当性と外的妥当性が保持されているかどうか、最低限の考察もできれば欲しい(ただし「内的妥当性」や「外的妥当性」という言葉は、それほど一般に流布している言い方ではないので使わない方がいい)。

8 データの提示
調査方法を説明したら、話の流れとして、次はその方法を使ってどういうデータが得られたかを説明する番である。データの収集・分析についてはすでに「第二段階」のところで述べたので繰り返さない。手に入れたデータを自分の設定した問題と照らし合わせ、そのデータが自分の研究テーマとの関係でどういう意味を持つのか、自分なりの解釈を加えながら、データをまとめよう。この辺は、データがそろったら一番最初に執筆し始めるべき部分である。
 データをまとめる上で、どこまでが「事実」で、どこからがその事実についての自分の「解釈」なのか、というのは、はっきり分けられる場合は分けて書いた方がいい。 しかし事実と解釈は場合によっては非常に分けにくい(し、本当にそんな区別に意味 があるかどうかについては哲学的な論争もある)。最低限、どこで自分の主観が混入してきているのかについては、常に自覚的である必要がある。
 論文が完成に近づくにつれて重要になってくるのが、データに関する対立解釈の処理である。すなわち、単に自分の解釈を述べるだけではなく、対立する別の解釈の可能性について考慮し、なぜその対立解釈よりも自分の解釈の方がすぐれているのか(あるいは少なくとも同じくらいにはもっともらしいといえるのか)を論じる必要がある。特に、作業仮説などを立てた場合、自分がたどり着きたい結論がみえているか ら、その結論に有利な方へ有利な方へと手持ちのデータを解釈してしまいがちである。自分の議論が独りよがりになっていないか、常に反省しながら、予想される反論 に対して答えを用意していって欲しい。
 もう一つ、データの取捨選択に関して。自分があつめたデータはすべて論文に投入したいのは山々であろうが、論文としての整合性を考えた場合、データの取捨選択は重要である。「調べてはみたけれどあまり関係がなかった」というデータは思いきって切りすてた方が、読者に対しても親切である。

9 ディスカッション
このパートでは、自分が提示してきたデータやその解釈を組み合わせて、冒頭で立てた問題に対して何らかの答えをあたえる。作業仮説を立てた場合にはその仮説がデータによって支持されたか反証されたかを判断する。と同時に、内的妥当性、外的妥当性、仮定、対立解釈などについての考察を加味しながら、自分が出した答えが、自分 の集めたデータによってどの程度強く支持されているか、も判断する。つ まり、設定した問題とデータと結論がどういうつながりかたをするのか、というのを筋道立てて説明するのがディスカッションである。このパートは論文の骨組みとなる部分なので、できるだけ早く手をつけたい。
 この部分を実際に書いてみると、あるデータは集めては見たが話の本筋には関係なかったとか、議論の穴を埋めるためにどうしてもこのデータが必要だとかいうことが見えてくる(これは頭のなかでやっていたのではなかなか見えてこないので、何よりも実際に書いてみることが大事である)。特に、足りないデータがある場合、もう一度 調査の段階に戻らなくてはいけないので、何が足りないかはなるべく早く発見する必要がある。この意味でも、ディスカッションは早く書き始めるのが重要なのである。

10結論
全体を大筋でまとめる。序論でも全体を大筋でまとめるわけだが、序論では「第何章でこういうことをする予定である」と予定を書くのに対し、結論では「第何章でこういうことをした結果こうなった」と結果を書くことになる。

11後注
注は脚注形式(ページの一番下に注をつける)でも後注形式(論文の一番最後に注をつける)でもよい。一般には、長文の注をたくさんつける場合には後注形式の方が好 まれ、それ以外の場合は脚注形式の方が好まれると思う。縦書きの場合は長さに関わらず後注形式の方が一般的。現行のたいていのワープロには脚注機能がついているの でそれを利用すると早い。
 何を注にまわして何を本文で書くかについて厳密な基準があるわけではないが、話の流れを妨げるような脇道的な情報は注にまわしてくれた方が、読む方も読みやすい。

12文献表
文献表では本文中で引用・言及した文献をすべてリストアップすること。各文献について、著者名、タイトル、出版社(雑誌論文の場合は雑誌名・巻号・ページ)、出版年、を明記する。配列は、邦文のものについては著者の姓の五十音順、欧文のものについてはアルファベット順、様々な国語の文献が入り交じるときは、場合に応じて一番分かりやすいと思われる配列を選ぶ。細かい書式については自分の分野の先行研究における文献表を参照すること。文献表は作業を進めながら少しずつ作っていかないと、最後にまとめて作ろうとすると結構大変である。

13謝辞
周囲の人に論文を書く上で援助してもらった場合には謝辞を入れること。謝辞の場所は序論の前でもよいし結論の後ないし文献表の後でもよい。ただし、創造論の教官に対する謝辞は必要ない(教官は論文の指導・援助をするのが当たり前であるから)。


引用について
 いわゆる引用には二つの種類、quotationとcitation とがある。quotationは、「誰それは『・・・』と書いている」などと、かぎかっこを使って直接引用すること。 この場合、引用元の文献とページ数を明記すること。当然だが、句読点などまで正確に 引用すること(旧字体・旧かなづかいは新字体・新かなづかいに直してもよいが、その旨凡例などで断ること)。citationは、「誰それによれば・・・ということであ る」などと、他人の書いたものを自分の言葉でまとめながら引用することで、この場合はかぎかっこは使わない。この場合、ページ数は書きにくければなくてもよい。
 自分が使っているアイデアが誰か特定の他人に由来するものであることがはっきりしている場合、citationをしなければアイデアの盗用になるので注意。まして、他人の書いた文章を自分の文章であるかのようにかぎかっこなしで使うのは明白な盗作であり言語道断である。
 引用元文献の示し方は二通りあり、引用箇所に注をつけてもよいし、その箇所の後にかっこで文献情報を入れてもよい。特に後者の場合、略号などを決めてなるべく煩雑にならないようにする必要がある。例えば、著者の姓と出版年を組み合わせて略号にすることもできる。(伊勢田1999、12~13ページ)などといった具合。いずれを選ぶにせよ、引用の形式は論文全体を通して統一すること。
 quotationをする場合、引用文中に強調(傍点、傍線など)があることや、あるいは引用の趣旨を明確にするために自分が強調を付け足すことがある。この場合、誰が強調したのかをはっきりさせるために、引用文のあとに(強調原文)や(強調引用者)などの断り書きをつける。


図表の付け方
  図や表は議論のポイントをはっきりさせるために役立つことが多いので、有効に利用すること。
論文中で使う図と表それぞれに通し番号を付すこと(図1、図2、表1、表2、等々)。 何についての図表かが分かるように、キャプションをつけることが望ましい。(図1 観測者が動くと包囲光配列に変化が起こる(ギブソン, 1979))等。
他人が作成した図や表を流用する場合、図表の引用にも出典を明記すること(上の例参照)。


第四段階:提出

 一通り執筆が終わり、完成稿が仕上がったら、いよいよ論文の提出である。以下、提出にあたっていくつか注意しておいた方がよいことを列挙する。
 提出前に一度指導教官に見てもらって直したいときには、教官が読む時間、自分が書き直す時間の余裕を考慮に入れること。(例年、提出直前にコメント下さいと持って こられることが多い。)コメントをつけてほしい場合には、原稿は一行空きにし、余白も十分にとって、コメントを書きやすいようにプリントアウトすること。 最終稿を打ち出す前に、誤字・脱字のチェックのためにもう一度一通り眼を通すこと。 万一の事故に備え、ファイルのバックアップは必ずとること(これは提出直前に限らず、論文執筆をはじめたらすぐにバックアップをとりはじめるべし)。また、提出原稿のコピーを複数とって保存しておくこと。
 大学のプリンターでプリントアウトしたいとき、提出期限直前は込み合っていて間に合わなくなる危険性がある。
 提出のタイムリミットは、創造論教官の裁量でのばしたりすることは絶対にできないから厳守すること。

(情報文化学部 伊勢田哲治)