コラム:話せばわかる

 昭和7年春のある夕方、9人の青年将校が犬養毅首相の官邸を強襲しました。「話せばわかる」と言う首相に向けて「問答無用!」とピストルを発射。いわゆる5.15事件です。将校たちにしてみれば、この期に及んで議論などせず、さっさと自分たちの計画を遂行して引きあげる、ということでしょう。

 失礼かもしれませんが、現代の若者はどこかこれと似ているように思います。教室で教師が議論を促してもマジメに話をすることをせず、すぐに自分の世界に戻ってしまうことがあります。重い話なんかしたくない、仲間同士の軽いおしゃべりで済ませたいのかもしれません。しかし、大学という学問研究の場ではきちんと話をすることが大切なのです。

 議論とは必ずしも相手を言い負かすことではありません。まず他人の話をよく聞き、多様な考え方があることを知ることです。その上で、筋道を立てて自分の意見を主張し、批評してもらうのです。人と話してみて初めて自分の考えがわかることもあります。自分だけかと思ったら、みんな同じ問題をかかえていることに気づくこともあります。議論するとはそうした発見を楽しむことです。それを通して目が開かれ、柔軟な思考力が養われ、自分を高めることができるでしょう。

 犬養の出身地、岡山県の吉備中学校の玄関には「話せばわかる」との石碑があるそうです。これは民主主義の基本でもあります。話をしてもそう簡単にはわからないかもしれませんが、しかしこれだけは言えます。話さなければ絶対にわからない、と。