科学コミュニケーションとは

1 科学コミュニケーションの3つの側面

「科学コミュニケーション」とは何でしょうか。「科学にかかわる情報のやりとり」という、もっとも広い意味で理解するならば、科学コミュニケーションには、科学者同士の学術情報の伝達や、学会発表、論文執筆なども含まれることになるでしょう。しかし、このウェブサイトでは、この言葉をもうすこし狭い意味に限定して使っています。つまり、科学者と科学者でない人たち(ここでは市民と呼びます)とのコミュニケーションを指して、「科学コミュニケーション」と呼ぶことにします。

それだったら、科学者は以前からやってきたよ、とおっしゃるでしょう。一般向け科学雑誌への執筆、いわゆる「啓蒙書」の出版、講演会、公開講座、テレビ番組への出演などなど。これらは、「啓蒙活動」とか「理解増進活動」と呼ばれてきました。

高度な科学・技術に支えられた社会を健全な状態に保っていくために、人々の科学リテラシーの向上が大切なのは言うまでもありません。したがって、科学者から市民に科学的知識をわかりやすく伝える、という理解増進活動は今後も科学者の重要な責務でありつづけるでしょう。しかし、科学・技術と社会との相互依存関係がかつてないほどに強まってきた現代では、それだけではちょっと足りないのではないか、と思われます。

わたしたちの社会が直面している多くの問題の解決には、科学の知見を無視することはできません。同時に、科学・技術の発展そのものがわたしたちの社会にさまざまな問題を投げかけています。したがって、科学にもとづく社会的問題の解決と、科学・技術のあり方に対する社会的意志決定とが、現代社会の重大な課題となってきています。

こうした問題解決・意志決定の主体は誰でしょうか。民主主義社会では、答えは「市民」です。こうした重要な問題についての決定を、科学者のような専門家にお任せしておいて、何かあったら文句を言おう、という態度はもはや通用しなくなってきています。同じように科学の専門家も、「わたしたちに任せて、市民は黙ってついてくれればよい」とは言えなくなってきています。科学・技術にたずさわる専門家は、非専門家の市民と協働して、問題を解決していかなくてはなりません。

そこで、注目されてきたのが、コミュニケーションの「双方向性」です。これまでの理解増進活動のように、

  • 科学を市民に伝え、市民の科学リテラシーを高める手助けをすること

だけではなく、

  • 科学についてのさまざまな思いを市民から学び、科学者自身が社会的リテラシーを高めること

さらには、

  • 科学と社会の望ましい関係について、市民と科学者がともに考えていくこと

までを視野に入れた活動が求められるようになってきました。こうして「科学コミュニケーション」という言葉がつくられたのです。

わたしたちが考えている「科学コミュニケーション」は、理解増進活動に対立するものではありません。それを含み、もっと広く、科学技術時代の民主的市民社会における意志決定のためのコミュニケーション活動を視野に入れたものです。

とは言うものの、理念的な話はここまでにして、まずはできるところから始めようではありませんか。まずは、あなたが自分の研究を市民にどのように伝えるか、というところから考えていきましょう。次に、科学者と市民が語り合い協働する場をどうつくっていけばよいかを考えましょう。このStarter's Kitには、実践の役に立つ秘訣(ティップス)をたくさん収録しました。科学コミュニケーションは「活動」です。まずはやってみて、やりながら考えていく、というスタンスも大切ではないかと思います。

2 科学コミュニケーションの3つのポイント

ポイント1 市民を科学の世界に巻き込む

科学は科学者だけの所有物ではありません。市民を科学の世界に巻き込み、科学コミュニケーションを活性化することは、科学の発展のためにも意味のあることです。科学という営みには、疑問、驚き、感動など本質的なおもしろさがあります。科学のおもしろさは、市民を科学に巻き込む強い動機になるでしょう。そのためには、単に科学のどの内容を伝えるかと同時に、どのように伝えるのかといいう方法も考えておく必要があります。ひとつの物語のように話したり、クイズやデモンストレーションを行ったりするなどの工夫をして、あなたのメッセージが効果的に伝わるように演出しましょう。

ポイント2 市民の多様性を尊重する

科学の話を伝える対象者がどれだけの予備知識をもち、どのような関心を抱いているかというのは、戦略を考えるにあたって重要です。しかし、高校への出張授業などの特定のケースを除く多くは、対象者の予備知識、関心、科学への態度などが一様ではありません。そのため、市民の多様性を前提に科学コミュニケーションを進める必要があります。そのため、予備知識の不足がもたらす的はずれの質問や、科学技術についての懸念に関する意見などを受けるかもしれません。それらの市民の多様性を一概に科学コミュニケーションを阻害する要因と見なさず、科学の活力を生み出す貴重な手段としてとらえ直してみましょう。

ポイント3 市民と語り合う場を大切にする

科学コミュニケーションは、基本的には専門家と非専門家の間のコミュニケーションです。だからといって、専門家から非専門家への一方向のみの理解増進活動の機会と見なすことはもったいないことです。科学者も市民との対話の中から学ぶべきことがたくさんあります。また、継続的な対話が科学に関する特定の問題を共に考え解決に至った事例もあります。非専門家から専門家への最初のコミュニケーションはおそらく質問でしょう。市民からの質問を促し、科学者と市民が語り合う場に発展させていきましょう。