名古屋大学 高等教育研究センター

第77回招聘セミナー 大学における統合的科学授業 その意義と役割とは? 鈴木 久男 氏 北海道大学 2009年4月23日(木)16時00分〜18時00分 東山キャンパス 文系総合館 7階 オープンホール

■ 講演要旨

科学技術リテラシーに関しては、主に高校までのカリキュラムを中心にして、様々な取り組みがなされてきた。 しかし、高校までのカリキュラムでリテラシー教育がなされていないのは、現在の大学生を間近に見ている教員達には明らかであろう。 こうした現状で、科学技術リテラシー教育について、大学での取り組みはその重要性を増しているといえる。

ところで、大学における科学教育とは、どうあるべきであろうか?この問いに関しては、海外において既に1980年代から研究され、実践されてきている。 特に、James TrefilとRobert M. Hazen, George Mason Univ.によってなされた大学において全学的な科学教育プログラムが注目に値する。

この科学教育のプログラムは、その目標によって構成されているといえる。そのプログラムの目標は以下の通りである。
1.将来の仕事に役立つ科学的知識を得ること
2.科学に関係する社会問題に関して自分で判断できるだけの科学的知識を持つこと(一握りの知的エリートや噂話にまどわされない民主主義のため)
3.人間の叡智と科学の楽しみを知り、自然科学的世界観を構築すること

特に2番目の目標については、科学知識について自分なりの意見を持たないとどのような結果となるかは、すでに様々な事象によって知ることができる。 たとえば、208年の韓国のBSEについての騒動(あるいは日本での2003のBSE騒動)、また遺伝子組み換え食品についての判断などが、記憶に新しい。 また、地球温暖化問題や、核廃棄物処理の問題など、自分なりの意見を持つだけの科学的理解が求められるが、それを本当に理解している社会人は少ないだろう。 噂に惑わされず自分なりの根拠と意見を持つことは、民主主義の基本でもある。

それでは、こうした社会問題に関連した科学は主に理科のどの分野に属するのであろうか? たとえば、放射性廃棄物の問題では、放射性崩壊そのものは、物理の現象ではあるが、放射性物質の化学反応は、生体への影響としても重要であり、化学、生物と関連している。 また、廃棄場所については地学の問題である。このように、社会問題に関連した科学的知識とは、理科のすべての分野にまたがることがある。 というより、現存の理科の分類は、大学での教授職を増加させるときにイギリスで発達してきたという経緯がある。 つまり、分類は人間が決めた便宜上のものであり、自然界の現象はより統合的な現象である。

このように、社会問題を考えるときには、単に理科数科目の知識では収まらないことがある。 また、このことは自然科学的世界観の構築には非常に重要な視点でもある。 こうした視点を元に、James TrefilとRobert M. Hazen,はすべての理系科目を横断的にしかも系統的に学ぶための、統合的サイエンスプログラムを構築した。 そして、このコースは毎年全米200以上の大学で約10万人に対して開講されている。

統合的科学授業の重要性は、単に文系に対して必要最小限のサイエンスリテラシーを提供することにとどまらない。 理系学生は、高校のレベルから2教科のみの履修として専門化されており、このため、サイエンス全体を構造的に理解するという枠組みの理解が欠如している。 しかも、学問の中でサイエンスとは何かという視野を全く教えられてきていない。 こうした位置関係の理解は、理系研究者や技術者に対して横割り的な理解力と応用力を身につける意味で重要であると思われる。 アメリカなどでは、全体の整合性のために、他の科目とのつながりを意識したテキストが多くなってきている。 しかし、一般的な日本の大学においては、整合性のある理系科目群を提供するのは、現状の各科目縦割り的な教育体制の元では困難なことである。 したがって、各科目に整合性を持たせるのではなく、各科目をつなぐセメントのような役割をする授業を開講することが一つの方法となる。 そして、統合的科学授業はこの役割をになうのである。

このように、統合的サイエンスコースは、大学において理系、文系問わず重要な科目となる。

こうした経緯を元に、2009年度から北海道大学と筑波大学において新しい統合的科学コースを開講した。 学士課程教育に向けての国際標準化の必要性からTrefil達のコースカリキュラムをそのまま踏襲するが、ここでは、アメリカと日本での授業時間数の差をどのようにカバーしていくかが重要となる。 用いる教育技法も、とりわけ新しいものではなく、海外で既に行われている教授法を活用して、コースコンテンツの制作を進めていく。 たとえば、クリッカーによる双方向性授業や、Just in Time Teaching、コンピュータグラフィックスによる可視化、授業コンサルタントの配置、海外で用いられている大規模授業向け演示実験装置開発などがそれであり、時間があればこうした技法についても紹介していく。 教員負担軽減が全国的な普及の鍵であり、コースのコンテンツ開発は重要である。

■ 開催案内

第77回招聘セミナー

講演題目
大学における統合的科学授業
―その意義と役割とは?―
講演者
鈴木久男 氏(北海道大学)
日時
2009年4月23日(木)16時00分〜18時00分
場所
東山キャンパス 文系総合館 7階 オープンホール

講演概要

大学における科学教育については、James TrefilとRobert M. Hazenによって開発されたコースは世界で毎年10万人規模の受講者があり注目に値する。 このコースでは学生に対して、科学を統合的に理解することを求めている。 この授業が単に文系の学生のために有効なコースであるだけでなく、日本の大学の理系理科教育における問題点を解決することを解説する。 こうした経緯を元に、2009年度から北海道大学と筑波大学において新しい統合的科学コースを開講した。 その現状とこれからの課題について見ていく。

お問合せ先
夏目 達也
info@cshe.nagoya-u.ac.jp
Tel:052-789-5696
案内用ポスターPDFPDF

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