名古屋大学 高等教育研究センター

第87回招聘セミナー 変革期を迎えた科学ー科学者の品格と
ポスドク問題
坂東 昌子 氏 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん理事長、日本物理学会元会長 2010年6月17日(木) 16:00〜18:00 東山キャンパス 文系総合館 7階 オープンホール

■ 講演要旨

科学者には科学の発展への寄与が求められると同時に、科学者としての品格が要求される。しかし、実際には、気候ゲート事件など科学者によるデータ捏造あるいは隠蔽といった、科学者の品格あるいは誠実さとして疑問が感じられるような事件が幾度も起こっている。その背景には様々な要因があり、これまで大きな問題とされてきたのは科学の政治利用や企業の利益追求との齟齬であった。前者については、優生学や原子力開発などに関して大きな問題を生みだした。また後者に関しては、例えば環境問題の解決の必要性や重要性と企業の利潤追求との間に置かれ、良心だけでは抵抗が困難な科学者の立場の難しさを明らかにした。場合によってはその抵抗が、科学者の生活や立場を不安定なものにするためである。

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そうした科学者の立場の難しさは現在でも解消されておらず、むしろ不正を生みだす危険性は増しているとさえいえる。近年、科学者の不正問題の温床となることが危惧されているのがポスドク問題である。ポスドクはその身分が極めて不安定であるにもかかわらず、常に結果を求められる立場である。科学者の品格を守ろうとすることで研究の場や資金を奪われる場合もあり、科学者としての品格ある態度が時として自らを不安定な生活に追い込む可能性を持っているという点にポスドク問題の重大さがある。

ただし、ポスドクという立場がすべて一律に否定されるべきものとはいえない。ポスドクには大別すると自主型と搾取型とがある。このうち前者に関しては、研究への専心を志してその立場を選んでいるものであり本来ポスドクはこちらを意図して作り出された。しかし、現実のポスドクが置かれている状況の多くは後者である。結果を求められながらも十分な年限が与えられず、出した結果をも搾取される危険性を含むポスドクの状況を科学者は自らの問題として位置づけ、問題解決の道を模索する必要がある。

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ポスドクに対して、一方では科学者としての身分を不安定なままにとどめながら、もう一方では依然として身分の安定した科学者と同様の結果を求めるような状況は、科学者の社会的責任や品格を損ない、結果として科学の発展をも損なう。科学者に社会的責任や品格を求めるにあたってはそれを可能にする環境の整備が必要であり、そのためには学会や社会もまたそれぞれの責任を果たしていくことが求められている。

ポスドク問題はポスドクという立場にある個人の問題ではなく、科学者だけの問題でもない。また、若手研究者だけの問題でもなく、日本の科学界の発展に関わる極めて重大な問題である。ポスドク問題は研究者の身分保証や大学院教育のあり方など、様々な問題を象徴的に表しているといえる。

■ 開催案内

第87回招聘セミナー

講演題目
変革期を迎えた科学ー科学者の品格とポスドク問題
講演者
坂東 昌子 氏
(知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん理事長、日本物理学会元会長)
日時
2010年6月17日(木) 16:00〜18:00
場所
東山キャンパス 文系総合館 7階 オープンホール

講演概要

20世紀の特徴は、個別科学の目を見張る発展であった。人類は、より広くより深く、そしてより遠くを見る眼を獲得し、物質観、宇宙観、生命観が深化した。

21世紀は、個別科学から、環境・医療・教育など、より多くの人々の知恵を集積した科学の営みが本格的に始まった。「情報」「知恵」が重要になり、IT技術の発展は知恵を共有する豊富なツールを駆使しながら、21世紀型の科学の変革の波が押し寄せている。こうした中で、科学者とは何か、科学者の役割はなにか、しっかりと考えておきたい。気候ゲート事件・データ捏造事件の背景にある科学技術社会の変容とポスドク問題とをつなげて考えてみたい。

お問合せ先
夏目 達也
info@cshe.nagoya-u.ac.jp
Tel:052-789-5696
ご参加いただける方は、事前に上記メールアドレスまでご一報いただけると助かります。会場準備の都合によるものですので、必須ではありません。
案内用ポスターPDFPDF

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