名古屋大学 高等教育研究センター

Keynote 名古屋大学アカデミックプランを考える 山下 興亜 副総長

ある一日の記録

 構内の坂道で朝一番同僚と「毎日忙しいですね」とあいさつを交わした。会議室へ通じる階段である委員と交わしたあいさつは「委員会は何とかなりませんか」。昼過ぎに研究室に帰り、学生と顔を合わせて開口一番「昨日の実験結果はどうなったか」と質問し、間髪入れずに「早く、もたもたしないで」と続けた。午後のしばらくは締切日の過ぎた依頼原稿書きに追われる。日没からの会合では「大学の今後の設置形態のありようについて」を議論し、夜も更けてから帰宅。これは私のある1日の記録である。時間の奴隷になり、時間の主人公ではまずないことは確かである。今日、最も重要な資源は時間であると友人は言い切った。新幹線もインターネットも時間を資源化する装置であるはずだが、かえって時間を浪費させる危険性さえある。時間を資源とするか否かは私達の側にあり、自らが主体的な設計図をどう描くかにかかわっているのであろう。

 ところで、戦後の教育改革によって発足した新制大学制度は、わが国の高等教育の発展に多くの貢献をしてきたし、社会経済の発展を支えてきた。本学も基幹総合大学として常に発展を志向し、学術研究分野の拡大と教育体制の整備充実に努めてきた。ここでは大学が自らが掲げた理想があり、大学としての誇りと大学に対する社会の対応も鷹揚であった。そして、学術研究の動向、大学の管理運営、さらには国の大学政策の動向も個人的な努力によってまがりなりにも掌握でき(正しくは掌握した)、情勢と将来を自らの判断に取り入れる余裕があった。

大学本来のあり方とは?

 ここ20年の間に大学は量的に拡大され、大衆化され、国際化され、研究活動における競争が熾烈になり、大学間の競争拡大と序列化が進んだ。大学に対する社会の要請も大きくまた多様化したし、国の先導による大学改革が日常化され、さらには最近の国立大学の独立行政法人化にみられるように、大学のあり方そのものを国の行政施策の主要な課題とする状況にある。大学構成員個人のレベルで大学を取り巻く情勢を的確に判断し、その上で大学の将来を展望することは困難となりつつある。また学術の国際競争の中で勝つことよりも負けないことに対する不安が増大し、八方塞がりの自閉的な状況に大学人の多くは追い込まれている。この状況に飲み込まれないための窮余の策として、身体を張って時間で稼がざるを得ない状況にある。疲れないのが異常であり、愚痴らないのが常軌を逸しているといえる。

 もう少し人間として、学徒として、そして大学人としてまともな生きざまを取り戻し、生きる喜び、新しい考えや物を創り出す誇り、他人の喜びを共有するゆとり、そして社会から尊敬される大学作りを自ら進めること。これこそが今日の大学構成員の本音であろう。このための即効薬は他に求めるべきではなく、自らの知恵と汗とを元手に生み出さなければならない。大学はかけがえのない知的な有機体であり、知の創造とその適切な行使を最も得意とする組織である。協力共同して新しい名古屋大学作りに取りかかる時であり、一刻の猶予も許されない情勢にある。このための出発点として「名古屋大学のアカデミックプラン」を策定することが進められている。

名大アカデミックプランがめざすもの

 名古屋大学アカデミックプランは名古屋大学をどんな大学にするのかをみんなで考え、そしてみんなで力を合わせて実現しようと呼びかける一種の「名古屋大学宣言」である。このアカデミックプランはあくまでも、本学構成員の自主的で自律的な発想と行動をお互いに援助しあい、名古屋大学を名実ともに国際的な学術研究と高等教育の拠点として築き上げ、世のため人のためにかけがえのない貢献をすることを大学の内外に対して約束するものである。単なるスローガンに終わらせることなく、本学のこれまでの実績を正しく分析し、特徴を伸ばし、不足を補い、時代を先導する国際的な知の殿堂の建設を促す指針である。できるところから実施するのは当然であるが、多少の出血を伴う処置も当然覚悟しなければならないし、一時的に起きるかもしれない混乱を恐れてはならない。これらは自らが自らに課した課題であり、産みの苦しみとして了解しなければならない。

 アカデミックプランを作ることによって現場がもっと多忙になっては何の意味もない。全学が長期的な展望を共有し、その将来像を現在に反映させることによって現在のあり方を整理し、泰然自若として日常活動を進める拠り所がアカデミックプランに求められる。また、アカデミックプランの実践を通じて常に点検評価し、たえずアカデミックプランを豊かに育て上げること、このことが名古屋大学の持続的な発展の礎石になるに違いない。

 本稿が印刷発表される頃には名古屋大学の基本理念(アカデミックプラン)が高らかに宣言されており、その理念のもとで具体的な活動が整然と開始されていることを祈り、本学のアカデミックプランの策定に託す思いを綴りました。