名古屋大学 高等教育研究センター

Interview: シリーズ「名大の未来を考える」 第4回: 法学部の挑戦 北住 炯一 教授 法学研究科長・学部長

 今回は、学部コース制や大学院高度専門人養成コース、アジア法整備支援事業など、ユニークな戦略を次々と打ち出している法学部の動向について、北住炯一学部長にお尋ねします。インタビュアーは、池田輝政教授(高等教育研究センター)です。

池田:最初に、先生のご専門であるヨーロッパ政治史についてお尋ねします。たとえば高校生が相手だとすると、どのように説明されますか?
北住:高校生に、ですか・・・(笑)以前は19世紀のドイツ地方自治システムを歴史的に考察していましたが、1990年頃からは、戦後ドイツ政治史にテーマを変えました。とくに、ドイツの憲法である基本法が作り上げられるプロセスの中で、連邦制の仕組みがどのように形成されたのかということが中心的な研究テーマです。今日、国民国家が相対化されつつある状況の中で、地域・民族・国家間の関係は、従来とは異なる新しい姿を模索しています。連邦制のあり方をこうした状況の中でどう考えるのか、ということに取り組んでいます。
池田:政治史のテーマも、現実との接点が見えてくると、高校生は興味を覚えるでしょうね。
北住:そうなんです。私は最近、授業では導入の部分が大切だと思うようになりました。最初に、ある時代が現代とどうつながっているのか、という関係性について触れるようにしています。19世紀の過去の一事象を知ることも大切ですが、むしろ、現代と歴史、現時点と過去の架け橋となるような講義をしたいと思っています。
池田:なるほど。
北住:実際のところは、日本では連邦制についての問題意識はまだまだ定着していない、市民権を得ていないというのが現実です。アメリカ、ドイツ、カナダが連邦制ということは高校生も知っているでしょうが、「現代における連邦制の意味」については説明が必要でしょうね。私自身が面白いからといって、受け手もそう感じているとは限りません。ただ、ドイツの経験が民族間・地域間関係の新たな方向性を考える上で、多少のヒントになるのではないかと思っています。
池田:自分の授業をデザインをする際に、大いに参考になります。そろそろ、本題に入らせていただきます。これまでの法学部のカリキュラム改革の特徴と効果について、お話しいただけませんか。

学部コース制の導入

北住:全学共通教育のシステムが作られた際に、法学部としてのカリキュラム改革に取り組んだわけです。具体的には、コース制という方式を導入しました。4年間「つまみ食い」をして、法学部で何を勉強したかはっきりしないまま卒業するのではなく、何を重点的に学んだのかが重要だという認識のもとに、6つのコースを設けました。「公共政策」、「司法」、「法務」、「国際関係」、「政治と社会」、「法と社会」です。それぞれのコースに目的と科目配置を定めました。さらに、コースを設置した意図をより実質化するための改革・工夫が必要です。また、大学がいかに社会との接点を持つか、ということも重要です。勉強をするための動機付け、あるいは将来選択という点からいっても、カリキュラムの中に社会との接点をどう設けるかが不可欠になっています。たとえば、インターンシップを教育システムの中にどのように制度化するかが問題になり、4月に検討委員会を設置しました。教育的意義、単位システム、実施体制、サポート体制などについて、弁護士を交えて検討を進めています。また、「進路発見講座」・「自己発見講座」というものを設け、実社会で活躍されている弁護士や企業人を講師として招へいしています。

大学院に高度専門人養成コース

池田:産業界との接点を考慮した試みはありますか?
北住:大学院に高度専門人養成コースというのがあります。これは1995年に開設したコースで、従来の研究者養成コースとは趣旨が異なりまして、社会人の再教育という意味も含まれています。高度専門人養成コースの授業の中にはトヨタ法務会議、名古屋弁護士会議からそれぞれ3人の方を連携教官として招へいしています。たとえば、トヨタ法務会からはトヨタ自動車やデンソーの法務部長にお越しいただいております。こうした試みを学部教育にも実施したらどうかという提案がありまして、教授会の合意が得られれば、来年度には制度化できるかもしれません。
池田:動いていますね。社会人の再教育について、もう少し詳しく教えて下さい。
北住:高度専門人養成コースには、一般選抜、職業人特別選抜、留学生特別選抜という3種類の選抜システムがあります。この2番目の職業人特別選抜というのが企業や自治体から派遣された人の受け皿になっており、社会人にリフレッシュの場を提供しています。95年から50人ぐらい、毎年10人前後受け入れています。トヨタ自動車、愛知県、名古屋市、名古屋銀行、デンソー、中部電力、昭和薬品など、多士済々な顔ぶれです。少しでも多くの人に応募していただきたいので、われわれ教官も営業マンになりまして、先日は多治見市役所を訪問しました。これまで、JR東海、豊田市役所等も訪問しました。在職者が抱える問題意識を大学という研究の場で深めてもらい、その成果を職場に持ち帰るという流れになっています。
池田:職場を訪問して、大学院へ来るメリットをどのように紹介されているのですか?
北住:多治見市役所では次のように話しました。地方分権化のニーズが高まり、各自治体の行政・企画・政策能力がいっそう必要になっている。そういう専門的能力を有した人材が求められる時代です。課題意識を持って大学院に来れば、最新の学説、判例を学びながら理論的に究める機会を得られます。つまり、実務と研究との交錯・交流の有益性を活かすことができる、という点がセールスポイントです。また、研究者養成コースの院生と共に学ぶことによって、相互に影響し合って刺激を得るという経験も得ることができます。
池田:話は変わりますが、いわゆるロースクール(法科大学院)構想については、どのくらい話が進んでいるのですか?
北住:さる4月14・15日に法学部創立50周年記念行事を開催し、ロースクールに関するワーキンググループ案が報告されました。すでに大枠は煮詰まっておりまして、今後はカリキュラムや教官配置などの検討が課題です。9月の教授会に具体案を出そうという段取りで進めています。

ロースクール構想の実態

池田:ところで、英米的なロースクールという概念はもともと日本の法学教育にはなかったと思います。実際には、どのように定義されているのですか?
北住:制度としては、学部4年プラス2年ないし3年ということです。プラス分がロースクールということです。しかし全ての方が法学部出身である必要はありません。現在の司法試験の受験資格では、法学部を卒業していなくても差し支えありません。しかし将来的には、ロースクールの卒業資格が司法試験の受験資格となるでしょう。つまり、ロースクールは司法試験を受けるに足るような教育を施す場になります。学部4年では実定法の基礎やリベラルアーツを学んで、ロースクールでは少人数教育、演習形式、複数の教官による授業が中心になるでしょう。現在の司法試験は大変厳しいものなので、予備校に行く学生も少なくありません。試験に出そうなところを一生懸命覚えようとします。反面、本来必要な基本的資質や問題発見・解決能力が十分に培われない恐れもあります。それでは、自立した個人が法的なルールに基づいて秩序を担っていくという今日的状況には対応できません。また、予備校に通う学生が多くなれば、大学での学習がおのずと疎かになります。それは、法学部として望ましいことではありません。
池田:司法試験の選抜資料にロースクールの成績を用いるということも考えられますか?
北住:ロースクールに入学する段階で全国的な統一試験を経て、合格した者にロースクール別の試験を課すことになるでしょう。こうして入学したロースクールを卒業してはじめて、司法試験を受ける資格が与えられるようになります。ですから、ロースクールを卒業するまでの学習プロセスが、従来よりもはるかに重要になっていくことは確かですね。
池田:すると、その全国統一試験はどこが作ることになるのですか?
北住:この問題については、それぞれの国立大学が昨年からシンポジウムを盛んに催しておりまして、ロースクールに関する基本的な姿勢を打ち出しています。その一方で、司法制度改革審議会が文部省にロースクールに関する検討会議を設けるように働きかけ、現在はこの検討会議の下でロースクールのカリキュラム内容、スタッフ規模、定員などについて検討中です。各大学は平成14年度の概算要求でポストを要求することになるでしょう。

アジア法整備事業の展開

池田:さらに法学部では、目玉事業として、アジア地域を対象とした大きなプロジェクトがありますね。
北住:アジア法整備支援事業のことですね。現在、アジア法政情報交流センターを作ろうとしていまして、概算要求中です。この趣旨は、アジア諸国、特にインドシナ諸国と中央アジア諸国の法整備を支援していこう、あるいは法整備を担う人材の養成に協力しようというものです。これらの国々は、いずれも中央統制型の経済システムから市場経済へと大きな変動を経験したものの、民主化を反映するような法制度が十分に確立していないのです。「法の支配」を体現するような制度をいかにして作るかという点で、日本に対する要請がとても強いのです。そこで、スタッフを派遣したり、研修生や学生を受け入れたり、シンポジウムを開催したり、学術交流協定を結んだりしています。91年に基金を設けて以来、法学部のアジアとの関わりは、すでに10年の歴史を刻んでいます。
池田:このような試みは、日本の大学では珍しいのではないですか?
北住:はい。一研究科として取り組んだのは、名古屋大学が初めてでしょう。実は今年の1月12日に法務省主催のアジア法整備に関する集会がありましたが、明らかに名古屋大学が先頭を走っていました。この事業は非常に重要だという認識が政府サイド、経済界、大学で深まってきていると思います。今まではインドシナ三国が中心でしたけれども、今後は中央アジア(ウズベキスタン・カザフスタン)に支援を広げていく予定です。また、ニューズレターや年報、研究叢書などの発信機能を高めたり、モンゴルや中国、ベトナムに学生を実地研修に派遣します。
池田:そうすると、こうした部門の人材養成もまた、大学院で行うことになりますか?
北住:そうですね。大学院の中に「留学生特別コース」というものを設け、英語による授業を行って、法整備事業に関わる人材の養成を目指しています。
池田:これまでの話の中で、大学院の役割を非常に重視されてますね。これまで、高校生は学部段階だけを見て法学部に入学してきたわけですが、これからの名大法学部では、大学院までを視野におさめながら学習することが必要になりますね。

「つぶしがきく」だけではダメ

北住:その通りです。かつては、「つぶしがきく法学部」という言葉がありました(笑)。当時を反映した言葉だと思いますが、単に「つぶしがきく」だけでは、これだけ流動化する時代には対応できません。「ゼネラリスト的スペシャリスト」あるいは「市民的専門人」としての専門能力が求められています。ですから、学部教育の改革はつねに大学院改革と連携しながら進めていく必要があるでしょう。
池田:我々にお役に立てることがあれば、仰ってください。今日は本当に有難うございました。