書くという行為

書くということは時間のかかる複雑な行為です。何かを書くためには、そのために様々な準備が必要ですし、書き始めた後も書き直したり、文章や段落を配列し直したりといったことを何回も行うことになります。また何より、何を書くかだけでなく、書く目的やそれを読む読者に応じて、文体や語彙、全体の構成も変えなくてはいけません。また、ハガキに書く、ポスターに書く、インターネット上でSNSに書くなど、書く媒体によっても、内容は同じでも、それをどう表現するのかは変わります。おそらく皆さんも、自分が親しんでいる内容、読者、媒体については、これらの要素を無意識のうちに考慮して、書き方を変えているはずです。

アカデミック・ライティングという行為

「アカデミック・ライティング」とは、直訳すれば「学術的に書くこと」です。アカデミック・ライティングと一口に言っても、様々な書き方があります。まず、書かれる内容も「学術的」といっても様々です。大学で行われている様々な授業の内容がどれぐらい異なるか考えてみてください。次に、アカデミック・ライティングの目的、想定される読者も様々です。授業の中間・期末レポートを書く場合、実験レポートを書く場合、授業中の発表資料を書く場合などで、目的も読者も異なります。さらに、書く媒体も異なる場合があります。授業で発表する場合の資料はパワーポイントなどのプレゼンテーション・ソフトウェアを用いて書くことが多いでしょうし、紙に文章を印刷する場合でも、使うソフトウェアによって書き方は変わります。文章だけを書く場合もあれば、図や表を入れる場合もあるでしょう。

レポート課題

授業では、様々なレポート課題が課されます。もちろん、書く内容も授業ごとに異なっていますので、授業ごとに何をどう書くのかを考える必要があります。細かく課題が指示されている場合もありますが、自分で課題を設定し、一から組み立てる長いレポートもあります。そうしたレポートは、大まかにですが、(a)社会的、政治的、技術的問題の解決を目的とするもの、(b)実験や社会調査などの経験的調査を目的とするもの、(c)資料の理解、評価を目的とするものという3つのタイプに分類することができます(これら以外のタイプもあります)。また、これらが組み合わさった課題が課される場合もあります。これら3つの課題は、その目的を達成するために、レポートの中で異なることを行う必要があります。

  1. 社会的、政治的、技術的問題の解決を目的とするもの
    1. 問題を明確に設定する(すでに問題が決まっている場合もあれば、自分で設定する必要がある場合もある)
    2. 問題の原因、その問題の背景や既存の取り組みをまとめる
    3. その問題を解くための方法、解決方法の評価基準を設定する
    4. 自分の提案する解決方法が、評価基準に即して適切であると論じる
    5. 可能であるならば、他の解決方法が、評価基準に即して不適切であると論じる
  2. 実験や社会調査などの経験的調査を目的とするもの
    1. ある現象に対する仮説を提出し、その仮説を検証するための実験、調査を設計する
    2. 設計に合わせ、調査、実験を行う
    3. 調査、実験結果を分析し、報告する(図表も使用してもよい)
    4. 調査、実験結果が自分の仮説を支持するものであるのか、そうでないのかを論じる。支持しない場合、他の考えられる仮説を記述する
  3. 資料の理解、評価を目的とするもの
    1. 何を資料を読むことで知りたいのか、調べたいのかを決める
    2. 必要な資料を選び、読む(解釈する)
    3. 資料で述べられていることを、正しさ、信頼性、合理性などの観点から評価する
    4. 資料を読み、評価することで、何がどの程度分かったのかをまとめる

レポート課題に取り組む場合には、そのレポートが何を目的としたもので、その目的を達成するために何を行う必要があるのかを考えなければいけません。また、何を行う必要があるのかは授業ごとに異なってもいます。正確に何が求められているのかを知るために、レポート課題を読み込む必要がありますし、分からなければ担当教員に相談してみてください。

レポート課題を書く際に、読者を担当教員だけだと想定してしまいがちです。しかし、これは正しくありません。レポートは、書き手の授業の理解や、自分で調べたこと、考えたことを、それを知らない人に向けて書くものだと考えてください(これは、レポートが授業理解の確認という側面も持っているからです)。その授業を受講する前の自分自身や友人が読者だと想定してみるのがよいかもしれません。

レポートのオリジナリティ

学問というものは、他者がすでに調査したこと、研究したことを踏まえ、それを検討したり、新しいことを付け加えるという形で常に進歩してきました。まったくゼロから他の人の研究、調査に頼らずに、自分ひとりで研究、調査するということは不可能です。学術的知識というものは、共同で作り出されるものなのです。特に、大学の授業で教えられるトピックには現在研究が進行中であり、学術界での定説が存在しないものも多くあります。また、過去の資料に対しても、常に再検討や再解釈が行われています。そのため、レポートを書く場合でも、他の人の研究や調査を用いながらも、自分で考えたこと、調査したことを書くというオリジナリティが重要です。

学術的知識が単なる推測と異なるのは、合理的な根拠が与えられるという点です。自分のオリジナリティを出しつつも共同で学術的知識を作り出すには、いろいろな方法があります。

  • 他者の見解に、合理的な根拠を与える
  • 他者の調査、研究したことを根拠に、新しい見解を提示する
  • 他者の見解の合理性を否定する根拠を提出する
  • 他者の見解の合理性を否定する根拠は、適切なものではないという根拠を提出する
  • 複数の見解の間に関連性があるという根拠を与える, etc.

ただし、学問は共同行為であるからこそ、どの部分が他人の研究、調査内容で、どの部分を自分が考えたり、調査したことなのかを明記することが非常に重要です。こうした明記をすることなく他人の研究や調査を引用や参照するならば、それは重大な研究不正ということになります。学問を行う人は学生であれ、研究不正を犯さないように、注意しなければいけません。

レポート作成のプロセス

レポート作成のプロセスのフロー図
レポート作成のプロセス

レポートを書くという行為は、長時間を要する複雑な行為です。上の図は、その大まかな流れを記しています。ただし、実際には、ここで記された各ステップを往復しながら書いていくことになるでしょう。例えば、全体の執筆を開始した後で、やはりもうすこし資料を読む必要があると感じて、資料を読むことに戻るかもしれません。また、書いている中で自分の議論に問題を感じて、議論の構築に戻るということもあるかもしれません。

以下では、各ステップについて解説していきます(ただし、「名古屋大学生のためのアカデミック・スキルズ・ガイド レポート課題に備える」と重複する部分もありますので、重複部分は簡単に説明します。そちらも参考にしてください)。

① 基礎情報確認

表紙の有無、本文の長さ(字数)、紙のサイズ、フォントサイズ、提出期限、提出の仕方を確認する

レポート課題を確認する(上述のように、レポート課題が何を目的としたもので、その目的の達成のために何を行う必要があるのかを含め確認する)

② プロジェクト案の作成

レポート課題の確認から提出まで、上の表の各ステップにどの程度の時間がかかるのかを見積もり、スケジュールを立てる。

③ トピック選定、課題設定

レポート課題が細かく設定されておらず、「授業で取り上げたトピックを一つ選び、論じよ」などの一般的な課題の場合、自分でトピックや課題を設定する必要があります。なお、こうした課題の場合、「論じる」ということで何が求められているのか分からなければ、担当教員に確認してください。

トピックを選定する場合、自分がどのようなことについて知りたい(考えたいのか、調べたい)のかという関心で決めてかまいません。ただし、トピックはあまり漠然としすぎていても、あまりに細かすぎても、調査するのが難しくなってしまいます。したがって、トピックを選定する場合、何を知りたいのかということから考えてみると良いかもしれません。この知りたい内容である「何」を疑問文で表したものを、「リサーチ・クエスチョン」と呼びます。多くの場合、レポートの課題は、「リサーチ・クエスチョン」に答えることとして設定されます。リサーチ・クエスチョンは、レポート課題の種類に応じ、「特定の問題解決手段が適切なのか」、「ある現象に対する特定の仮説が正しいか」、「資料から何が理解できるのか」など様々な種類があります。以下は、「カナダの移民政策」というトピックについて、資料から理解したいことを表したリサーチ・クエスチョンの例です。

(リサーチ・クエスチョンの例)
  • カナダの移民政策はカナダの民族的・文化的多様性をどのように増加させたのか
  • カナダの移民政策は、諸外国の移民政策とどのように異なるのか
  • カナダの移民政策の変化は移民層の変化とどのように関係しているのか,etc.

このように、トピックを「カナダの移民政策」、リサーチ・クエスチョンを上記のいずれかに設定することで、レポート課題はそれに答えることとして設定されます。また、トピック、リサーチ・クエスチョンを設定することで、どのような資料を集め、何を調査するのかといった、今後行うことがある程度定まってきます。もちろん、具体的にさらにレポート作成プロセスを進めることで、トピックや知る内容もより具体化されるということも起こります。

④ 資料収集と読解

資料を収集する際には、図書館が提供している各種サービスを大いに役立ててください。

資料を読む際には、単なる情報収集だけでなく、レポートでそれをどのように要約するのか、まとめるのかという点も意識して読む必要があります。この点については、「学術的資料の読み方とまとめ方を知る」の項目で詳しく説明します。

⑤ 議論の構築

学術的知識を生み出すためには、リサーチ・クエスチョンに対する自分の回答に合理的な証拠や根拠を与える必要があります。経験的調査によってえられた根拠は、「証拠」と呼ばれます。自分で調査や実験をおこなうことで証拠を集めることもあれば、他者の調査を読むことで証拠を集めることもあります。また、ある根拠や証拠によって、特定の回答が正しいという確率(合理性)が上がれば上がるほど、その根拠や証拠は強いものだと言うことができます。

⑥ アウトラインの作成

どのような情報をどこにどの程度書くかというレポートの設計図のことを「アウトライン」と呼びます。全体の執筆を開始する前に、ある程度アウトラインを作成しておくと、執筆をスムーズに進めることができます(アウトランの作成については、「レポートの構成とパラグラフ・ライティングを知る」の項目でさらに詳しく説明します)。

⑦ 全体の執筆

このステップまで来て、初めてレポート全体の執筆を開始します。しかし、実際には、執筆しながら、資料を読むことに戻ったり、アウトラインを修正したりするなど、前のステップに戻ることも多くあります。また、書き方には個人差もあります、どのステップにどのくらい時間をかけるかは人それぞれです。

⑧ 校正

全体が書き上がっても、自分で何度か読み返して、修正を行う必要があります。表現や句読点の修正だけでなく、参照、引用した文献をちゃんと「参考文献」として挙げているのか、引用に間違いがないのかも確認してください。友人に読んでもらうなどすると、分かりにくい点や自分では気づかない点を指摘してくれるかもしれません。

⑨ 提出

ここまでのステップをこなし、レポートが完成すれば提出準備はととのっています。最後にもう一度、①の基本情報に即してレポートが書かれているのかを確認してください。

参考文献
M. Carter (2007) “Ways of Knowing, Doing, and Writing in the Disciplines.” College Composition and Communication 58 (3): 385-418.
学生への推奨文献
W. C. ブース ・ G. G. コロンブ ・ J. M. ウィリアムズ ・ J. ビズアップ ・ W. T. フィッツジェラルド(2018) 『リサーチの技法』(川又 政治訳)、ソシム.
酒井聡樹(2017) 『これからレポート・卒論を書く若者のために 第2版』、共立出版.
発行|
名古屋大学教養教育院 & 高等教育研究センター
初版|
2019.3.25
作成|
笠木 雅史