戦略を練る

市民の声を受け止める

1 大人数向けの講演をできるだけ双方向的にするための工夫

講演はどうしても一方通行になりがちですが、うまく工夫すれば、フロアの参加者からの意見を引き出して、より双方向性を高めることもできます。

質問カードを書いてもらう
  • 講演のあとにちょっと休み時間をとります。その間にカードに質問や意見を記入してもらい、それを回収します。講演者は、カードを見ながら、典型的な質問や興味深い意見を紹介しながらそれに答えていきます。
  • ときには、「この質問をしてくださったのはどなたですか?」と呼びかけて、さらにやりとりをしてもよいでしょう。
簡単なクイズをだして手を挙げてもらう
となりの人と何がしかの作業をしてもらう

2 場をしつらえる

講演時間以外にも会場にいる

終了後や休憩時間にも会場付近にいるようにしましょう。大勢の前では手を挙げづらかったのだけど、訊いてみたいことはある、という人がけっこういるものです。

イベントのあとには懇親会を設ける
  • 「今日のイベントはどうでしたか?」「残っている疑問はありませんか?」などと尋ねてみましょう。
権威的でない会場設営をする
  • 壇上から見下ろすような設定をなくしてみるのもひとつの手です。ディナーショーのように円卓のあいだを講師が歩き回る、床に車座になって座る、などによって、講師と聴衆という関係が

3 科学者が戸惑う場面

専門的科学者と非専門家との大きな違いの一つが「専門家とは何か」についての理解です。専門家のあなたにとって、専門家とは「ひとつの狭い範囲のことがらについて突き詰めている人」のことでしょう。しかし、非専門家にとって、専門家とは「その分野のことをすべて知っている人」に他なりません。したがって、質疑応答の時間には、あなたの守備範囲を超えた質問が寄せられることが大いに考えられます。医学の研究者として講演会に出かければ、およそありとあらゆる健康相談が寄せられると覚悟した方がよさそうです。

  • あなたの専門外の質問に対しても、基本的にはできるかぎり答えるべきです。その上で、「これが私のお答えできるすべてです。ご質問になった問題は、○○学という分野が扱っています。たとえば××といった方の本をお読みになるとよいと思います」という具合に、質問者が自分で答えを探すための情報を提供しましょう。 もっと困るのは、そもそも科学者として答えられない、あるいは答えるべきでない質問にどう対応するか、ということです。そのような質問には2種類あります。
トランス・サイエンス領域にかかわる質問
「トランス・サイエンス」とは科学が問うことができるが、科学のみによっては答えることのできない問題群のことを指します。たとえば、「日本の農業に遺伝子組み換え作物を導入するべきか」といった問題です。これは安全性の問題であるばかりではなく、大規模農業か小規模農業か、大企業の農業への影響力増大をどう考えるか、などなど経済的、文化的、政策的側面も含まれる問題です。また、科学によってある問題に白黒をつけるには時間がかかります。しかし、政治的・社会的決定はまったなしです。そこで、科学を超えた、社会的・政治的要素を加味した判断が必要になります。あるいは、「薬剤を用いた脳のエンハンスメント(機能増強)をしてよいか」のように、倫理的要素が加わるために、科学だけでは答えの出せない問題もあります。こうした問いに、どのようにして誠実に答えたらよいでしょうか。
  • まず、科学的研究ではどこまで分かっていて、どこからがまだわかっていないのかを答えます
  • 質問には、科学によっては答えることのできない、社会的・政治的・倫理的・文化的要素が含まれていることを指摘します
  • そのような問いには、科学者だけでなく、社会全体がとりくんで、合意形成を目指すしかないということを指摘します。つまり、みなさんも考えなければならないのですよ、と言うわけです。
  • そうした合意形成において、科学者は何ができる(とあなたが思っている)のかを伝えます
  • その上で、あなたが一市民として、その問題にどういう立場をとりたいと思っているのかを、答えてもよいでしょう。このような質問がなされたら、むしろラッキーなことだと考えてみたらどうでしょう。なぜなら、市民の方々と、科学と社会の関係について議論できるまたとないチャンスが与えられたのですから。
明らかに文脈をはずした質問
もう一つの科学者を困惑させる質問は、「相対性理論は間違っていると思うのですが」とか「血液型が性格に影響するという確かなデータがあるのですが、どう思いますか」といった質問です。とくに、疑似科学や神秘主義のファンからの質問には困惑します。これはまさに、ケース・バイ・ケースとしか言いようがありません。一般的な指針ですが、
  • まず「なるほど、そういう考え方もあるのですね」と受け止め、言下に否定したりはしない。
  • その上で「私はそうは思いません」あるいは「相対性理論は、十分に証拠が積み重ねられており、非常によく検証された理論であると、私は思います」のように、自分の立場をはっきりさせます。
  • その質問者とのやりとりに長時間を費やしてしまうことは、他の参加者を不愉快にさせます。「申し訳ありませんが、他の方も質問がおありのようですので」と適切なところで切り上げます。
  • したがって、あなたがどんなに議論して間違いをわからせてやろう、と思ったとしても、講演の質疑応答の場でそれをするのは場違いです。もし、そうしたいなら、「講演終了後、お話を伺いましょう」と言って、その場は切り上げるべきです。