1:コースをデザインする

コース・デザインの発想を持とう
コースをいかにデザインするか
2:授業が始まるまでに
3:第一回目の授業
4:日々の授業を組み立てる
5:魅力ある授業を演出する
6:学生を授業に巻き込む
7:授業時間外の学習を促す
8:成績を評価する
9:自己診断から授業改善へ
10:学生の多様性に配慮する

 

1章 コースをデザインする

 

1.1 コース・デザインの発想をもとう

1.1.1 「コース」と「クラス」と「科目」と「授業」

 まず、このティップスで一貫して使われる語を区別することから始めましょう。最も重要なのは「コース」と「クラス」の区別です。

  • クラスとは、通常週1回、90分、教室で行われる教育活動を指します。「今日は第1限に授業があるから、早く起きた」というときの、いわゆる「授業」のことですね。
  • コースとは、このクラスを10数回含む、1つの学期にわたって展開される、いわゆる「科目」を意味します。「今学期は、4コマの授業を担当することになった」と言うときの「授業」のことです。

 このティップスでは前者を「授業」あるいは「クラス」、後者を「コース」と呼ぶことにします。この区別が重要だと述べたのは、単にクラスが10数回集まるとコースになるわけではないからです。コースにはクラス以上のものが含まれています。たとえば、シラバスの作成、学生の教室外での学習、課題の採点、成績評価などは、教室の中で行われることではありませんが、コースの重要な構成要素です。このことは、学生が習得する「単位」についての考え方にも反映されています。

コラム:「単位」ってそもそも何?

 

1.1.2 コースをデザインするとは?

 コースの内容を作ること(コース・デザイン)と、一回一回の授業の準備をすること、の2つを、きちんと区別することを提案します。前者は自分が1つの学期を通じて担当する科目の全体像(到達目標、おおよその内容、授業の方法、評価の方法)などを設計することであり、後者は一回一回の授業をどのように始めて、流れを作り、何を結論として提示して終わるか、学生はその授業ではどのような仕方で授業に参加するか、小テストはするかしないか、するとしたらいつするのか……といったことを考えることです。

 これまで大学の多くの授業は、コース・デザインの視点を欠いた、行き当たりばったりのものであったように思われます。

 

1.2 コースをいかにデザインするか

 コース・デザインは、授業開始の数カ月前から始まります。ここでは、コース全体の内容をデザインする作業について、そのポイントをまとめておきましょう。

◇コース・デザインの手順

1. コースの基本設計

  • 授業の記録(ティーチング・ポートフォリオなど)を活用し、昨年度の授業を反省する
  • コースの概要を設計する(1.2.1〜1.2.3)
  • これらを文章化し、講義要綱にまとめる(1.2.4)

2. コースの内容の準備(これは次の章で扱います)

  • 講義ノートを作成・改定する
  • 教科書やその他の教材を選定する
  • 課題、宿題を選定・作成する
  • シラバスを作成する
  • コースパケットを作る

 

1.2.1 第1段階:コースの到達目標の明確化

 コースの概要を設計するときにまず考えるべきことは、コースの到達目標を明確にすることです。それを考えるには、次の3つの視点をバランスよく考慮に入れることが重要です。

  1. カリキュラム目標からの視点:自分が担当する授業科目が大学のカリキュラム全体の中でどのような位置づけを与えられ、何を期待されているか。
  2. 学問分野からの視点:自分が教えようとする学問分野ないし主題においては、なにが本質的なポイントであるか。もうすこし乱暴に言うと、自分が何を伝えたいか。
  3. 学生からの視点:学生がそのコースを受講するにあたって、(1)どれだけの予備知識と能力をもち、授業にどのような関心を抱いているか、(2)そのうえで、コース終了時点で学生はどのようなスキルを獲得するべきか。

 これらの3つが、コース・デザインの制約条件となります。この制約条件の下で、学生と自分の満足度を最大化することがコースを設計することだ、と考えてみたらどうでしょうか。多くの教員が学問分野からの視点のみから、つまり「どこまで行こうかな」という形でプランを立てているように思われます。しかし、授業の目標はある分野の重要な定理をどれだけカバーするかということではなく、学生の知的能力の向上にあるのですから、学生からの視点は不可欠のはずです。

 こうして考えられたコースの到達目標は、まだ抽象的なものです。これではまだ、そのコースで実際に、何を、いつ、どんなふうにやるのかという現実的なプランを立てるには役に立ちません。そこで、到達目標をさらに具体化する必要があります。このための方法としてしばしば推奨されているのが、次のような問いの形で考えてみるという方法です。すなわち、「この授業を受け終わった学生は、何ができるようになっているのか」。

 このような問いに答える形で目標が設定され、個条書きに表現し提示されているからこそ、それを達成できたかどうかがテスト可能になるのです。こうした目標が示されないままで評価を受けるのだとしたら、学生はたまったものではありません。

比較的具体化された到達目標の例

コラム:カリキュラムのグランドデザインがなきゃ始まらない

 

1.2.2 第2段階:コースを通じて、学生にどのような学習をさせるのかをリストアップする

  コース終了時に学生は何ができるようになっているのかを明確にできたら、次はそれをどのような学習活動を通じて学生に身につけさせれば効果的かを考えましょう。このとき注意すべきなのは、「講義を聴く」という活動は学生がコースを履修して行うことがらのごく一部にすぎないということです。教室の中で授業中に行う活動ですら、講義を聴くということだけにとどまりません。学生はほかにも多くの活動をします。質問カードを書く、例題を解く、ディスカッションをする……。さらには、教室の外でも学生の学習活動はつづいているのです。図書館に行く、論文を書く、教科書を予習する……。コースは、時間的にも空間的にも教室の外にまで広がっていると考えるべきです。

  授業が上手だと自負している教員も、往々にして教室の中で起こることだけに注目してしまいがちです。しかし、コースの目標が学生の知的能力の向上にあるとすれば、教師がコースをデザインするということは、教室内外での学生の活動を全体としてデザインすることでなくてはならないはずです。

 

1.2.3 第3段階:コースの実現可能性をチェックする

 すばらしいコースの計画ができたとしても、学生にとってあまりに過重な負担を強いるものであっては意味がありません。学生は、あなたのコースだけを受講するわけではありません。このことは教師にとっても当てはまります。コースの概要がはっきりしてきたら、学生・教師はそれぞれどれくらいの時間と労力をそれにつぎ込むことができるかを制約条件とすることによって、実現可能性をチェックしましょう。

スキルと学習活動との関係を考えるためのワークシートの例

 

1.2.4 第4段階:コースの基本デザインを講義要綱にまとめる

 講義要綱には何を書くべきでしょうか? そのためには、講義要綱がどのように使われるかを考えるべきでしょう。多くの学生は、どのコースを選んで自分の時間割を作っていくかという学習計画の指針として講義要綱を使います。ですから、その助けになるのに必要十分な情報を盛り込んでおけばよいのです。多くの大学で、何回目の授業で何を話すかということを個条書きにしてある講義要綱をよく見かけますが、これは学生のコース選択のためにあまり有益な情報になりません。昨年度のティップス先生の講義要綱がその例です。その分野についてある程度の知識がある学生にしか理解できない内容になっています。むしろ、ティップス先生が今年度書き直した原稿のように、そのコースの目標と、そこで扱われる学問分野の基本的な問題関心を、高校卒業したての学生に理解できるように、言葉を尽くして書くべきでしょう。何回目の授業で何を話すかというスケジュール的な情報は、むしろ第1回目の授業で、あなたのコースを選択した学生だけに、課題や家庭学習の指示なども記載した詳細なものを作成して配るべきでしょう。これが本来「シラバス」と呼ばれるものです。

 ちなみに、次に掲げるものはアメリカのある大学の講義要綱の一部です。(1)扱う分野(人工知能)についての説明、(2)コースではその分野のどういった話題をどのように扱うか、(3)どのような予備知識が求められているか、が簡潔にまとめられています。学生のコース選択と時間割作成の指針としては、これで十分ではないでしょうか?

アメリカの大学で典型的に見られる講義要綱の例

コラム:コースデザインを支援するツール